青木芳之騎手をゲストに迎えて対談がスタートします!
2011.10.20
今週から青木芳之騎手をゲストにお迎えしての対談がスタートします。
青木さんは、尾関厩舎の調教を手伝ってくださっていて、一緒に仕事をさせていただく機会が多いのです。他に、横山義行騎手、黛弘人騎手、そして杉原誠人騎手という方々にも手伝っていただいているのですが、青木さんと言えば『よく喋る』というのがみんなの共通した認識です(笑)。
馬の上でも、下でも、よく話をする人なので、今回の対談は盛り上がりましたし、ホストする側としては助かりました。ぜひ、青木さんの人間性も含めて、楽しんでいただければと思います。それではどうぞ。
西塚信人調教助手(以下、西)今回のゲストは、青木芳之騎手です。どうぞよろしくお願いいたします。
青木芳之騎手(以下、青)こちらこそよろしくお願いいたします。
[西]まずは読者の方に青木騎手との関係について説明させていただきますと、尾関厩舎の調教を手伝ってもらっているのですよね。日本にいる時は、調教、そして競馬と一緒に仕事をさせていただいていますが、青木さんといえば、よく外国へ行っていらっしゃるイメージがあります。どれくらいの国に行かれているのですか?
[青]いちばん最近では韓国ですが、オーストラリア、アイルランド、イギリス、フランス、イタリア、香港、マカオですね。あと、アメリカは1996年にタイキブリザードの遠征に帯同していきましたし、自分自身ではルイジアナを拠点に滞在もしました。
[西]カジノドライヴがブリーダーズカップに挑戦した時も行っていらっしゃいましたよね?
[青]行っていました。
[西]本当によく行っていらっしゃる印象があります。最初に海外へ行ったのはどこの国だったのですか?
[青]アイルランドでした。デビュー2年目だったと記憶していますが、藤沢先生にタイキファームの馬たちをみてくるようにと言われて行ったのです。ただ、初めて海外で競馬に騎乗したのは、マカオですね。デビューして2年目の騎手の中でいちばん勝ち星を挙げて選抜されたマカオ遠征でした。
[西]マカオの競馬はどんな感じでしたか? 芝もダートもあるのですか?
[青]日本と一緒で、芝が外で、ダートが内というスタイルで、コースの大きさは福島競馬場のような感覚ですね。マカオでいちばん印象に残っているのは、厩舎がビルになっていたことです。
[西]えっ、そうなんですか!?
[青]イメージとしてはビルの駐車場です。らせん状になっていて、各階にある厩舎を行き来するスタイルなのですよ。
[西]なんとなくイメージできます。
[青]しかも暑いので、両サイドが大きな扇風機になっていって、常に風が通るようになっているのです。
[西]すごいですね。成績はどうだったのですか?
[青]2鞍あって、1鞍は6着でした。そしてもう1鞍は、騎乗した馬が競馬では1400メートルまでしか走ったことがなく、コースを1周したことがなかったらしく、外ラチに激突してしまったのです。
[西]マジですか!?
[青]実は、その時に外ラチに激突した馬の調教師と、韓国で再び出会ったのですよね。そして、もう一度乗せてもらったのですが、そうしたら大ケガをしてしまいました。
[西]えっ!? それは笑えません。そんなことがあるんですね。
[青]J・マーフィーというトレーナーで、アシスタントトレーナー時代なのかな、ジャパンCに一度来たことがあるって言っていました。
[西]マカオから韓国に移籍したということですか。
[青]マカオで開業していて、韓国で競馬が始まったということで、移籍したのです。良い調教師ですが、個人的には危ない思い出ばかりです(苦笑)。
[西]2回騎乗して2回とも危ない目に遭ったわけですからね…。韓国では勝ち星も挙げていらっしゃったのに大ケガに見舞われて、トレセンでは絶望的だという話にもなっていたのですよ。
[青]でも、それは大袈裟じゃないのですよ。4日間、意識不明でしたから。
[西]えっ!? 4日間もですか。いまは何事もなかったように馬に乗れていて、本当に良かったですね。
[青]2ヶ月後に日本に帰国して騎乗していました。でも、騎手って面白いなと思いましたよ。意識が戻ってから2週間は人工呼吸器を付けていなければダメと言われたのですが、普通に歩いていましたからね。自分自身でも想像以上に早く回復していくんですよ(笑)。それでも、横山義行さんにはかないませんけどね。別格ですから。
[西]あの人は凄すぎますよね。以前、両腕を骨折した時にお見舞いに行ったのですが、ロボットみたいに固定されているのに、それで冷蔵庫とかを開けちゃうんですよ。あれは普通の人には絶対にできないはずです。
[青]大きなケガをしてから、横山先輩といろいろ話をさせてもらって、教えてもらったりしています。
[西]これまでのケガの中で、韓国でのものがいちばん大きかったのですよね?
[青]そう。肺の損傷がとにかく酷かったらしいですよ。左肺を損傷したのですが、右の肺まで出血がまわり、圧迫してしまい、呼吸ができなくなってしまったようなのです。それで肺に穴を開けて、血を出して、呼吸を確保してもらいました。手術は成功したようなのですが、ICUに移動したら再び呼吸ができなくなってしまったのです。
[西]マジですか。
[青]ピンクの内田さん(内田利雄騎手)が駆け付けてくださって、『死ぬな!』と叫んでいてくれたのですが、突然、内田さんが倒れてしまったのです。遠のいていく意識のなかでしたけど、その姿は記憶にありますよ(笑)。
[西]そうですか。いや、笑ったら失礼ですが、でも、いまは笑えていて良かったですよ。帰国して厩舎にいらしゃった時、みんなが『あれ、生きていたの』と言っていましたが、冗談にならないくらいの状態だったのですね。
[青]意識がなかったので、本人は分かっていないけど、家族も呼ばれて大変だったようです。
[西]そうでしたか。どんな感じの事故だったのですか?
[青]いちばん外の馬が良いスタートを切ったのですが、それに隣の馬が驚いてヨレてしまい、あとは津波のように押し寄せてきたのです。僕は最内、隣が内田さんでした。内田さんがかなりかばってくれたのですが、それ以上に圧が大きくて、ひっくり返ったのです。そこで馬が立ち上がった時に、前脚で踏まれて蹴られるような形になってしまいました。
[西]ラチを飛び越えて、投げられていた方がまだ良かったという感じでしょうか。
[青]そうかもしれません。ただ、一緒にひっくり返ってしまいましたからね。
[西]それはたいへんな事故でしたね…。そういえば、奥さんと知り合ったのが韓国とお聞きしましたが?
[青]そうです。
[西]国際結婚でいらっしゃいますよね。どうやって知りあったのですか? というか、どちらの国の出身の方か教えてください。
[青]台湾出身です。LG電子の幹部候補生として韓国本社に来ていた時に知り合いになりました。
[西]すいません、日本語は大丈夫なのですか?
[青]上手ですよ(笑)。他に、英語、中国語、そして韓国語が使い分けられます。
[西]凄いですね。とても優秀な方なのですね。
[青]アジア地区を担当していたみたいです。
[西]どうやって知り合いになったのですか?
[青]ユニクロにヒートテックを買うために行ったのですよね。マイナス10度とかになって、とても寒いのですよ。
[西]はい。
[青]そこに嫁たちも買い物に来ていたようなのです。その時点で意識には入っていたのですが、特に接触があったわけではありませんでした。僕は、名古屋から来ていた騎手の加藤さん(加藤利征騎手)と一緒で、寒いので屋台に寄って一杯やって帰ろうということになったのです。さらに、ジョッキーシリーズで来ていた宮下瞳さんも合流して3人で飲み始めたのですよね。そこに、あとから嫁たちも来たんです。席を空けるのに荷物をどかしたら、日本語で「ありがとう」と言われたのが最初でした。
[西]宮下瞳騎手がいたことは大きかったんじゃないですか。男二人よりはガードが下がりますからね。宮下さんのお陰は大きいでしょう。
[青]それはあったでしょうね。最初は僕自身2ヶ月で日本に帰ったのですが、そこから彼女も日本に来るようになりました。その時には、宮下さんや加藤さんと連絡を取っていましたからね。
[西]青木さんが積極的に口説いたのかと思いましたよ(笑)。
[青]みんなにもそう言われたけど、違うんですよね。
今週は、ここまでとさせていただきます。
先週、日曜日の新潟3レース(ダート1200m)で、ミヤビヘレネが勝ちました。
その前日には、久しぶりに新潟競馬場へ行っていったのですが、ブッチャけますと、頭数、メンバーともに、この前の札幌開催の馬たちはどこへ行ってしまったのか、という印象を受けました。
その一方で、来年の開催日程が発表され、北海度の開催が減ることとなりました。状況から決まったことなのでしょうが、これからの競馬に訪れることになるであろう厳しい現実を、いままででいちばん身近に感じています。
例年の秋の福島開催であっても、もう少しメンバー、出走頭数ともにいた印象があるのですよね。新潟は馬房が割り振られている関係で、出走したいと思っても制限があるのですが、それにしても少ない。これだけ出走馬がいないのですから、馬房を借りようと思えば借りることはできますから。
今週の新馬戦なんかはフルゲート近くが出走を希望しているのに対して、未勝利、500万下は10頭程度という状況なのです。番組構成という側面もあるでしょうし、厩舎システム、いや競馬のシステムそのものの根幹に関わる部分を変えていかないと、本当に競馬がなくなってしまうのではないかという危機感を抱きます。
ぜひ、みなさんからのご意見もお待ちしております。
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