自分の土俵へと引きずり込み、ライバルを料理した
文/鈴木正(スポーツニッポン)、写真/稲葉訓也
いい勝負を見た。
宝塚記念を見届けての率直な感想だ。
3強は、それぞれ自分と戦い、ライバルと戦った。残り8頭も一角を崩すべく全力を傾けた。それがレースからしっかり伝わってきたからだろう。11頭という少頭数でも、全力勝負は人の心を打つ。
展開の綾が、いくつもあった。1番人気
ジェンティルドンナは好スタートを切り過ぎたのではないかと感じた。サッと好位3番手へ。スムーズな発進と見た人もいるだろうが、自分はそう思わなかった。馬の気持ちが前掛かり過ぎている気がした。
パドックで元気があり過ぎたように見えたし、輪乗りで発汗がきついようにも感じた。さあ
岩田騎手、どう折り合わせる? ホームストレッチを見ながら、そう考えた。
ゴールドシップは、いつも以上に押して出していった。
「もっと前で競馬できる。馬群だって大丈夫」。
須貝師は、よくこう話している。指揮官のリクエストに
内田騎手が応えたのだろう。うまく
ナカヤマナイトの前にもぐり込み、そこで折り合えた。序盤の運びは
合格点だ。
フェノーメノは徐々に外へと馬を出していった。良馬場発表だが、インは荒れている。状態の悪いところを通りたくないという
蛯名騎手の判断だ。こんなちょっとした
ロスは結構、後半に響いてくる。今回は3番枠が
不利に働いているように見えた。
予告通りに
シルポートが大逃げを打ち、1000m通過は58秒5。ただ、2番手を進んだ
ダノンバラードは61秒程度だった。平均からやや遅いペース。この位置取り、時計を演出した点は
川田騎手のファインプレーだったと思う。このラップで運んだことが
ダノンバラードによる一角崩しを呼ぶことになる。
4コーナー手前が最高の見どころだった。3強が固まって追い出した。先にアクションを起こしたのは
ゴールドシップ。
内田騎手の手が激しく動き始めた。
岩田騎手もそれを察知。
「ええっ? もうかよ」。
岩田騎手は思ったはずだ。だがライバルが動いた以上、追い出さざるをえない。
蛯名騎手も同じだ。前2頭の手が動いたら当然、動く。
このあたりは一流騎手同士の心理戦だ。相手が動いた。俺はどうする? 動くしかない。
内田騎手が心理戦の
イニシアチブを完全に握った。
消耗戦へとライバル2頭を引きずり込み、
スタミナの削り合いという、
ゴールドシップが求めていたリングへとライバル2頭を上げた。この時点で
内田騎手は、7割方、勝利を確信したに違いない。
3頭横並びから
ゴールドシップが抜け出す。残り200mで先頭。切れ味勝負を望んだ
ジェンティルドンナ、
フェノーメノは、思いとは裏腹の
消耗戦に持ち込まれ、スタミナを奪われた感じで伸びあぐねた。坂上は独壇場。グイグイと前に出て3馬身半差の快勝だ。
重ねて言うが、
自分の土俵へと引きずり込み、ライバルを料理した。これは人間のビジネスや、スポーツにも当てはまるのだが、いかに戦いやすい舞台を用意するか、もしくはつくり上げるか。それが勝負にとって、いかに大事か。ゴールの瞬間、
内田騎手の
ガッツポーズを見ながら、そんなことを考えた。
②着に踏ん張ったのが
ダノンバラード。重馬場への適性を武器に、馬場の悪い内を走りながらしっかり残して、3強に割って入った。これも、自分の土俵で戦ったからこその
銀メダルだ。
川田騎手は
宝塚記念前の10Rでも好位から7番人気
セイクリッドセブンを勝たせた。馬場読み、ペース判断が、この日は非常に優れていた。
内田騎手はこの2週間、栗東で
ゴールドシップにまたがり続けた。効果は
絶大だったと思う。序盤に押していけたのも馬を信じ切れたからだし、いち早く追い出して、
消耗戦へと持っていったのも、馬を信用していたからだ。
「馬は生き物」と優勝騎手インタビューで強調していたが、人も生き物だ。その瞬間瞬間の判断が命運を分ける。そして、その判断がもっとも難しい。
内田騎手は馬を信じ、自分を信じて、的確な判断をくだし続けた。
その結果のリベンジ劇だった。
ジェンティルドンナは③着。
フェノーメノは④着。もちろん、悲観する必要はない。
勝ち馬の土俵で戦ってしまったことが第一の
敗因だろう。秋、東京に替われば瞬発力勝負となって、自分の土俵で戦える。気持ちが前掛かりだった
ジェンティルドンナも、得意舞台なら冷静さを取り戻すだろう。
2分13秒2の間に、いくつもの重要なポイントがあった
宝塚記念。何度でも見直したい、分析しがいのある戦いだった。