弥生賞組が強い時期が戻ってくる、そんな予感も
文/浅田知広、写真/稲葉訓也
グリーンチャンネルの競馬中継で、
トゥザヴィクトリー(1番人気・
トゥザワールドの母)と、
スティンガー(3番人気・
キングズオブザサンの母)が同期という話があり、この2頭がクラシックを走っていたのはいったい何年だったかと調べてみれば、1999年のことである。
その99年の牡馬クラシック路線、
弥生賞がどうだったかといえば、①着が後の菊花賞馬・
ナリタトップロードで、②着はダービー馬・
アドマイヤベガ。
皐月賞はこの年こそ
毎日杯組の
テイエムオペラオーが制したものの、このころの
皐月賞といえば
弥生賞組が強く、93年からの10年間では皐月賞馬の半数を占めていた。
また、96~01年の6年間は、
牡馬三冠のうち最低でも二冠は弥生賞出走馬が優勝しており、
弥生賞組全盛時代のど真ん中が99年だったことになる。
ただ、その後の
皐月賞は
スプリングS組が幅をきかせるようになり、04年から昨年までの10年間では
スプリングS組が5勝、
弥生賞組は3勝止まりに終わっている。
もっとも、昨年は
ダービーが
キズナ(
弥生賞⑤着)、そして
菊花賞は
エピファネイア(同④着)と、05年
ディープインパクト以来となる、弥生賞出走馬による二冠制覇。こういった傾向は時代とともに変わる場合もあるだけに、そろそろ
トゥザヴィクトリーや
スティンガーが走っていたころと同じように、
弥生賞組が強い時期が戻ってくるのかどうか。そんな興味も持ちつつ発走を迎えた今年の
弥生賞だった。
レースが動いたのは向正面から。前半3Fを35秒6で入った先頭の
アグネスドリームが12秒8-12秒8とペースを落とし、ここで中団につけていた1番人気の
トゥザワールド・
川田騎手がすっと好位の外まで進出。すぐ内にいた
イタリアンネオの
田辺騎手が
川田騎手の顔をちらっと見やり
「もう行くの?」とでも言ったかのような仕草である。
しかし、ここで先頭の
アグネスドリームが次の1ハロン11秒9とペースアップをはかると、まさに緩急自在、
トゥザワールドはまだ行くところではないとばかりにすっと中団へと控えていったのだ。
通過順は
[7-7-6-4]と何の変哲もないものながら、実際はペースの緩んだところで前との差を詰めておき、ペースが上がったところではちょっとひと息。そして再び前が止まりかけた残り600mからのスパートだ。
ただ、そのスパートも結果的には早すぎたかどうかのぎりぎりのライン。大外からまくって直線で抜け出し楽勝かというところから、
ワンアンドオンリー(祖母
サンタムールが
トゥザヴィクトリーと同期である)の強襲を受け、最後はあわや同着かという体勢にまで持ち込まれてハナ差の勝負となった。
もっとも、
ワンアンドオンリーを別にすれば、
トゥザワールドと他馬の差はゴール前でもほとんど詰まっておらず、これは
トゥザワールドもワンアンドオンリーも、どちらも強かったということでいいだろう。
その
ワンアンドオンリーは、4コーナー手前では
トゥザワールドの直後。しかし、前の
トゥザワールドはまくりきるくらいの勢いで4コーナーを通過したのに対し、こちらは挟まれ気味に直線入口では後方2~3番手まで後退していた。
もし
トゥザワールドについていけば切れが鈍った可能性もあるとはいえ、前走の
ラジオNIKKEI杯2歳S勝ちがフロックではないことを証明するには十分な末脚だった。
緩急自在、前々でも勝負できる
トゥザワールドと、2戦連続でしっかりとした末脚を繰り出した
ワンアンドオンリー。ここはハナ差で勝敗が分かれたが、続く
皐月賞ではどんな勝負が見られるのか。③着以下には2馬身半差と
力の違いを見せる形になっただけに、ここに別路線組が加わっても
「今年は弥生賞組」という決着もありそうだ。