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長期的戦略と人馬の信頼関係がもたらした偉業
文/吉田竜作(大阪スポーツ)、写真/川井博


この秋のG1は「重賞未勝利馬の初戴冠」がトレンドとなってしまっているようだ。おまけに、前哨戦の神戸新聞杯不利を受けたトーホウジャッカル菊花賞を制し、同じように毎日王冠不利に泣いたスピルバーグ天皇賞・秋を制覇。

ただ、そんな「流れ」などは関係ない。紛れもなく、スピルバーグが府中の直線で見せた末脚は本物。そして、それを導いた北村宏騎手とのコンビは日本競馬の意地でもあった。

スタートの速くないスピルバーグ。五分にゲートを出たものの、北村宏騎手はそんなパートナーに無理をさせず、進んでいくままにインのやや後方を追走。久々のせいか力んで追走する馬も多かった中で、スムーズに折り合いをつけて前半の5ハロンをクリアしていった。

一方で、ジェンティルドンナ=戸崎騎手イスラボニータ=ルメール騎手の上位人気2頭はスピルバーグとは対照的に先行策を取った。ご存知のとおり、このコンビはそれぞれテン乗り。稽古でまたがっていたにせよ、それだけでレースでの姿を把握するのは難しかったはずだ。

となれば、もともとの脚質、この開催の東京競馬場の傾向、当日の馬場状態などから“無難にこれまでと同じ先行策で”となるのは仕方がなかったか。

実際にそれぞれ前半のポジションを守るようにして②着、③着に踏ん張っているのだから、現時点での力を引き出した騎乗だったとは言える。しかし、G1、それも天皇賞・秋のような格式のあるG1を勝つとなれば、“普段着の競馬”だけで勝ち切るというのも難しいもの。そして、この2頭になかったものを持っていたのがスピルバーグ北村宏騎手のコンビだったのだ。

直線に向かうアプローチ。インコースを通った馬が簡単に止まらないのは、東京を庭にする北村宏騎手藤沢和調教師も分かっていたはずだ。

4番枠を引いたことでトレーナーも「外に出すのがちょっと早いかな、と。できれば内を思っていた」と、少なくとももう少しロスの無いコース取りをするものだと思っていたようだ。しかし、鞍上の経験とスピルバーグへの信頼が違う進路を切り開く。

「内には馬もたくさんいてごちゃつきそうだったので。手ごたえもあったので、それを活かすために」と、北村宏騎手はジワジワとスピルバーグを外へと導く。そして、直線へ。

ジェンティルドンナはいつものように前の馬をさばいて先頭をうかがう。イスラボニータは追い出しを待つ余裕を見せる。1000m通過が60秒7ならそのまま押し切ってもおかしくない流れだった。

しかし、スピルバーグを手の内に入れた北村宏騎手は、その末脚を最大限に発揮させるため、ギリギリまで追い出しを我慢する。弓の名手がより強く矢を放つよう、両の手を大きく広げるようにして。

そして、馬群を横の視野に捕らえたかというところで渾身の一撃を解き放つ。すると、スピルバーグは2頭を的として捕らえたかのように、府中のターフを内に切り込むようにして加速―と、思ったのと同時だったろう。一瞬にして2頭を飲み込むと、悠々と歴戦のG1ウイナーらを従えて150回目となる天皇賞のゴールを駆け抜けた。

体質の弱かったスピルバーグの完成を待ち、馬の性格を考えて直線の長い東京を選んで使ったという、藤沢和調教師長期的な戦略が実り、馬と人というユニットが信頼関係を原動力に最大限の力を発揮した結果が、この初重賞制覇=天皇賞・秋という偉業へとつながったのだろう。

今年の騎手試験ではM・デムーロ騎手ルメール騎手が1次試験をパス。それだけでなく、これからさらに日本人騎手「外圧」に晒されることになるだろう。凱旋門賞でも騎手としての技術の差というのは確かに見られた。しかし、だ。

少なくとも日本では外国人騎手に臆することなく、戦えるだけの素地はある。日本にいて、調教やレースにまたがり、自らのパートナーとの信頼関係を高めて行く。特別なことではなく、この競馬の世界ではごく基本的なことだが、もっとも重要なこと。それを真摯に貫いていけば結果は自ずと出るのだ。

普段から競馬について真剣に取り組むことで知られる北村宏騎手が、パートナー・スピルバーグでこうして答えを出したことは、日本人騎手が生き残るためのヒントとなったのではないだろうか。

次走については「距離さえ持てばジャパンCへ」と考えを明らかにした藤沢和調教師。この日に見せたコンビネーションをさらに練熟できるのならば、ジャパンCだけでなく古馬戦線の勢力図を一変させるかもしれない。

キャリアの浅いスピルバーグにも、騎手として脂の乗ってきた北村宏騎手にも、まだまだ明るい未来が待ちうけているはず。そして、その活躍は日本人騎手の価値を復活させるものになるはずだ。