今年の象徴とも言える「安」い馬の下剋上
文/後藤正俊(ターフライター)、写真/稲葉訓也
12万人が詰めかけた中山競馬場の歓声が地鳴りのように響いた。引退レースとなった1番人気でファン投票1位の
ゴールドシップが、定位置の最後方から向正面で一気にまくって行った時だ。だがそれも一瞬。まくり切れずに直線は失速し、歓声は悲鳴に変わった。
ゴールドシップらしさは十分に見せたレースだったが、まだ緑が残る絶好の馬場状態での
前半1000メートル62秒5という超スローのラップは、後方待機馬にとってはあまりにも厳しかった。1周目で5番手以内だった馬のうち、故障を感じさせるような下がり方をしてしんがり負けを喫した
リアファル以外が①~④着を占めた。
勝った
ゴールドアクターは7番という絶好の枠順もあり、スタートでは先頭に立ったものの、すぐにすんなりと3番手に付けた。今夏の函館・
洞爺湖特別で8ヵ月ぶりに復帰してから3連勝でこのレースに臨んだが、その3連勝の位置取りはいずれも終始3番手からのレース。スローペースで前半はやや掛りそうなシーンも見られたが、
吉田隼人騎手がうまくなだめて定位置をキープした。
コースロスは一切なく、直線も内から3頭目をきれいに回って、
栄光のゴールまでの道がきれいに開けた。8番人気と評価は高くはなかったが、決してフロックによる勝利ではない。中山2500mのレースを勝つために必要な先行力、器用さを兼ね備えていたからこそ、このペースにも対応できたのだ。
デビュー12年目でG1初優勝を
有馬記念という大舞台で飾った
吉田隼人騎手の騎乗も非の打ちどころがなかったが、同じくG1初優勝、重賞制覇も
ゴールドアクターの前走
アルゼンチン共和国杯が初めてだった
中川公成調教師の決断も見事だった。
吉田隼人騎手は昨年11~12月に私生活上の事件から騎乗停止処分を受けたが、その後も同馬の主戦から外すことなく乗せ続けた。トップジョッキー、外国人騎手への乗り替わりがが常態化されているなか、
有馬記念でも騎手交代は考えもしなかった。
アルゼンチン共和国杯で父子勝利を達成した後も、
父スクリーンヒーローと同じローテーションになる
ジャパンCには目もくれず、
有馬記念一本に目標を定めて馬を仕上げた。調教師としての信念を感じさせた。
それにしても種牡馬
スクリーンヒーロー(静内・
レックススタッドけい養)の勢いはすごい。初年度の種付け料は受胎条件30万円と高い評価ではなかったが、その初年度産駒から
モーリスが今年は計6連勝で、
安田記念、
マイルCS、
香港マイルと破竹のG1・3連覇。
ライズラインは岩手で
シアンモア記念、
北上川大賞典を制している。
ゴールドアクターも含め3頭の代表産駒が登場している。2年目産駒も
グァンチャーレ(
シンザン記念)、
ミュゼエイリアン(
毎日杯)がJRA重賞制覇をしており、今年は種付け料は100万円になったが、190頭と交配する人気となっている。日高の種牡馬界を支えていた
ステイゴールドが今春死亡したが、十分にその代役を果たす活躍となっている。
その年の世相を反映すると言われている
有馬記念の結果。今年の漢字は
「安」が選ばれたが、良血の高額馬が揃った
有馬記念出走馬の中で、市場取引馬ではないだけに価格は付けられていないが、
ゴールドアクターはおそらくもっとも
「安」い馬であることが想像できる。
モーリスは1歳市場で150万円、2歳トレーニングセールで1000万円で取引された馬だった。当時の
スクリーンヒーローの市場価値はその程度だった。
ゴールドアクターの母
ヘイロンシンは平地未勝利(障害2勝)で、その父は重賞未勝利の
キョウワアリシバ。馬体は素晴らしいが、もしセリ市に上場されていても数百万円だったことだろう。
安い馬の下剋上が、今年の象徴だったとも言える。
③着
キタサンブラックも、レースを沸かせた
ゴールドシップも、決して傑出した良血馬ではなかった。生産界を席巻する
社台グループに対して、日高の小規模牧場の下剋上が、来年を競馬をさらに盛り上げていく予感がする。
その
ゴールドシップの引退式が午後5時過ぎから行われた。最終レースが終了して1時間近くが経過していたのに、スタンドは観衆で埋め尽くされ、照明に浮かび上がった美しい白い馬体に、
ファンは別れを惜しんだ。暴れ馬の象徴のようだった
ゴールドシップだったのに、引退式では誘導馬に先導されながらおとなしく歩くその姿には、戦いを終えたことを自身が悟っているようにも感じられた。