無心と無欲が、欲とプレッシャーに翻弄された“3強”を凌駕した
文/吉田竜作(大阪スポーツ)、写真/川井博
3強を中心に
「皐月賞史上もっともハイレベル」とうたわれていた今年の牡馬クラシック第1弾。確かにその大まかな見立ては間違いではなかった。しかし、多くの人がこの結果を予測できただろうか。勝ったのは
共同通信杯以来となった関東馬
ディーマジェスティ。
“ジョーカー”はいかにしてこの激戦をモノに出来たのだろうか?
競馬というものは面白いもので、18頭がそれぞれの思惑を持ちながら、それが複雑に絡み合うことで
ジョッキー、
陣営、
ファンの想像を超える形になることがある。ゲートを思うように出てくれず、流れに乗り切れなかった
蛯名と
ディーマジェスティ。
「スタートがあまりよくなくて。ただ、有力馬が前にいてくれたので。腹を括って1コーナーを回った」。この開き直り…というか、自らの意志を消し、“無心”で追走したことが
幸運を引き寄せることになった。
リオンディーズは2コーナーを回ったところで折り合ったが、1000m通過が58秒4というかなりの速いペース。折り合うというよりは、ただ手綱をくれてやって“気分よく”走らせているだけだったのだろう。これがハナを切った
リスペクトアースをさらに急かす形になり、
サトノダイヤモンドにしても、後方待機を決め込んでいた
マカヒキでさえも、
リオンディーズを目標にすることで無意識のうちに
ハイペースという魔物に飲み込まれて行った。
4コーナー手前で
デムーロが外に出してラストスパート。しかし、ハイペースのつけか、気難しさを出したのか、
リオンディーズは少し外に膨れてコーナーを回ることで馬群を全体的に外へとスライドさせてしまう。そして、直線でも外にヨレて、外にいた馬たちの進路をさらに外へを押しやってしまった。
裁決の説明では
サトノダイヤモンド、
エアスピネルを妨害したとあったが、これは脚色を見ても大勢に影響はなかっただろう。むしろ、まともにあおりを食らったのが②着の
マカヒキ。鞍上の
川田が狙っていたのは大外にしても、もう少しタイトなラインだったはず。
しかし、4コーナーでは遠心力で外に振られ、直線半ばでは内から競り上がってきた馬群を気にして仕掛けがワンテンポ遅れてしまう。最後は上がり3ハロン33秒9の脚で追い上げたものの、
ディーマジェスティの影すら踏むことができず1馬身1/4差の②着。
“3強”の中では最先着という結果は何の慰めにもならないが、それでも
「ダービーでは逆転できると思います」と
川田は手ごたえをつかんだようだ。着差は思いのほかついたが、中山の2000mと東京の2400mは別物。3強の中ではリベンジに一番近いポジションにいると見ていいだろう。
一方で、改めて乗り難しさを見せた2歳王者、初めて土のついた
サトノダイヤモンドにはやや食い足りないところも感じた。
リオンディーズはパドックまでは優等生でいられるものの、やはり馬場に出てしまうと“猛獣”へと豹変してしまう。
エピファネイアを見てもわかるように、東京の12ハロンを乗り切るにはもう少しの
心身の成長が必要ではないだろうか。
サトノダイヤモンドもセンスのよさは存分に見せたが、
ダービーを意識したローテーションという点は
ディーマジェスティと同じ。今回つけられた0秒4差を埋め、逆転に持っていくのは簡単なことではないだろう。ただ、馬体は504キロの数字以上にまだまだ
未完成という印象も受けた。気温の上昇とともに急成長が見られるか。いずれにせよ、これからの1ヶ月の調整が重要になるのは間違いない。
さて、随分と遠回りになったが、勝った
蛯名と
ディーマジェスティ。“無心”の根拠は
「あくまで次(ダービー)につながる競馬を」(
蛯名)という意識があったからだろう。3コーナー過ぎから相手関係やペースを気にせずポジションを上げ、
マカヒキに対しても機先を制した。これで
マカヒキのように外に振られることからも逃れ、直線で追い出しを待たされることもなく、真一文字に末脚を活かし切った。
「馬場も乾いているとは言えなかったし、内もよくなかったので。外枠もよかったかな。3コーナーは射程圏に入れていればと思っていたけど、今回はうまくいった。直線に向く時の手ごたえがよかったし、坂の下では『届く』と思った」という
蛯名の言葉でもわかるように、自信と期待はレースが進むにつれて芽生えて行ったもの。この
無心と無欲が、欲とプレッシャーに翻弄された“3強”を凌駕したのだ。
コース形態の変わる
ダービーとなれば、
皐月賞の結果の着順がそのまま移行するとは断言はできない。しかし、
共同通信杯から直行してきたように、あくまで
ダービーを大目標と想定し、そこから逆算してきたのが
二ノ宮厩舎であり、手綱を取ってきた
蛯名。今回の勝利はうれしいものだろうが、悲願を前にして浮かれることもあるまい。引き続き“挑戦者”の立場で臨む限り、
ディーマジェスティの2冠の確率はかなり高いと言える。