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【対談・田中博騎手②】凱旋門賞は“世界一決定戦”というわけではない
2016.10.26
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田中博康騎手…以下[田]
西塚信人調教助手…以下[西]

[西]博康には他にもいろいろ聞きたいことがあるんですよ。例えば、日本では有馬記念ジャパンC、それぞれの位置付けを我々は相対的にみることができます。でも、凱旋門賞は他のレースと比べてどうなのか、相対的には分からなかったりするわけですよ。

[田]そうですね……。

[西]海外ナンバーワンのレースは『ダビスタ』でも凱旋門賞だし、『風のシルフィード』も凱旋門賞だったわけですよ。世界一王者決定戦=凱旋門賞ということになってしまっている感じで。



[田]確かに、そういう感じになっていますよね。

[西]でも、実際はアスコットで行われるキングジョージがあって、アメリカではブリーダーズカップがあって、香港ドバイワールドカップもあるわけですよ。それらと比べての位置関係や力関係がわからなかったりするんです。実際、フランスの人たちからすると“凱旋門賞”というのはどんな感じなの?

[田]フランス人に限っては、凱旋門賞が一番だと思っていますよね。

[西]例えるならば、日本の有馬記念ですかね。それともジャパンCかな。ただ、“凱旋門賞は凄い”となっても、フランスダービーを勝ったといって大騒ぎというか、そこまでの評価はされませんよね。それよりは英ダービー、みたいな感覚がありませんか。

[田]距離もあるのかもしれません。

[西]確か2100mだよね。

[田]ヨーロッパではフランスに対してイギリスとアイルランドの2つの国が中心で、そこにドイツやイタリアなど他の国々から馬が遠征してくるんです。そして、フランスの馬が英ダービーに挑戦することはありますが、フランスダービーにイギリスやアイルランドの馬がたくさん挑戦することはまずありません。

[西]それらの関係性を日本に置き換えると、日本があって、香港があります。あとはオーストラリア。それ以外に韓国やインドもある感じですけど、もし韓国で賞金2億円のレースがあったとしても、アジア最高峰のレースとは正直ならないはずですよ。ヨーロッパはどんな感じなの?

[田]確かに、ドイツもデインドリーム凱旋門賞を勝ったり、ノヴェリストキングジョージを勝ったりしていますが、フランス、イギリス、アイルランドの3カ国が中心ですね。その3カ国の関係というと……。

[西]博康はフランスにいたんだから、フランスの人たちからみた景色というか、感覚でいいよ。

[田]賞金が一番高いんです。イギリスやアイルランドと比べると抜けて高額なんです。でも、だからといって他の国々から続々とフランスを目指して来るということではありません。

[西]あ、そうなんだ。

[田]賞金の高さと強い馬たちが揃うということがイコールではないんです。一番賞金が低いのはイギリスなのですが、そのイギリスのレースを使いに他の国から行くんです。

[西]それは名誉というか、格を得るため、ということですよね?

[田]種牡馬、あるいは繁殖牝馬としての価値をより高いものに、ということからです。

[西]となると、そのなかでヨーロッパ最高峰のレースは凱旋門賞ということでいいのかな?

[田]そんなことはありません。今年もフランスのダービー馬アルマンゾルは、凱旋門賞の前哨戦のひとつと言われるアイリッシュチャンピオンSでもの凄い強い勝ち方をしました。僕自身もこれは凄く強いと思いましたし、凱旋門賞はこの馬で仕方ないかもしれないと思ったほどだったんです。でも、フランスの北部にあるドーヴィルに滞在して調整していて、距離もあるとは思いますが凱旋門賞には向かわず、イギリスのチャンピオンSに挑戦する(その後勝利)んです。賞金で言えば、5倍以上の差があるんですけど、そうじゃないんです。

[西]日本では世界一決定戦みたいな言われ方が長年されてきているけど、フランスの最強馬がそこを目指さないんだね。距離という話が出たけど、日本だったら凱旋門賞へ、ということになりがちと思う。

[田]実は、今回行った時はフランスのオークス馬ラクレソニエールも同じところにいて、見せてくれるというので、行ったんですよね。結果的にラクレソニエールは故障で回避となってしまったんですけど、結果的にフランスの強い2頭が凱旋門賞に出走していません。厩舎はシャンティイではありませんが、フランス人調教師でリーディングトップにいる人です。間違いなく凱旋門賞に出走していたら、良い勝負になっていたはず。賞金とかではなく、その馬の状態や適性と、その馬自身の価値などから判断される感じなんですよね。

[西]その関係性は日本の感覚とは違うよね。

[田]賞金はフランスが一番良いです。でも、必ず良い馬たちが凱旋門賞を含めたフランスを目指すということではありません。また、生産はアイルランドが一番ですし、今回の凱旋門賞ではそのアイルランドのエイダン(オブライエン)が1着から3着まで独占ですからね。正直、どの国が一番ということではないんです。もちろん、それぞれの関係者に聞けば『俺の国が一番だ』と言うでしょうが、どこが一番だということではないというのが本当のところだと思います。



[西]そうだとしたら、凱旋門賞イコール世界一決定戦、ということにはならないよね。

[田]今年で言えば、凱旋門賞よりもアイリッシュチャンピオンSの方が凄いメンバーが揃っていたと思います。

[西]あくまで自分の考え方だけど、凱旋門賞への適性という部分がもっと考慮されるべきというか。とにかくG1を勝ったら行かなければ行けない、というような雰囲気を感じてしまうんですよ。選択肢のひとつであって、至上命題ではないと思うんですけどね。そこに違和感を覚えてしまうんです。それこそ、適性があると思えばイギリスだろうが、アメリカだろうが、アイルランドだろうが、目指せば良いんじゃないですかね。

[田]僕自身はフランスでお世話になっていたということもありますし、凱旋門賞への憧れも強いです。そもそも凄いレースであるのは間違いありません。ただ、信人さんが言うように、アイリッシュチャンピオンSも凄いレースなんですよ。昨年はゴールデンホーン凱旋門賞の前に勝っていますし。ただ、種牡馬になるときに、日本ではチャンピオンSの勝ち馬だというよりは、凱旋門賞馬だと言った方が人気が出るというか、認知度が高いということはあると思います。

[西]それはあるよね。でもね、ブッチャけさせていただいてしまいますが、西塚厩舎時代、正直馬の適性や調子なんかよりも、経済面を優遇していました。たとえ適性がないと思っていても、馬主さんに使えと言われれば使いましたし、調子が多少悪くても、馬主さんに言われれば使いましたよ。本当に馬には申し訳ないんですけど、それよりも厩舎が潰れないことがすべてだと思ってやっていたんです。本当に人には言えないような、商売の苦労をしてみて、誤解を恐れずに言えば馬どころじゃなかった。そういう時代があって、いまの立場で思うのは、もっと馬の立場とか、馬の事を考えなければ、もっと言えば突き詰めていかなければ駄目なんだということですよ。種牡馬として価値を上げることは確かに大事だけど、それについても馬のことを突き詰めて考えていくことが成功につながるように思うんです。

[田]言いたいことはわかります。

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