騎手を引退した(菊池)憲太に、その理由を話してもらいました
2009.06.11
先週お伝えしたように、今週はこの世界を去ることとなった(菊池)憲太との対談をお送りしたいと思います。
そのため、村田(一誠)さんとの対談はその後ということにさせていただきたいと思います。村田さんご本人も含めてよろしくお願いいたします。
それではどうぞ。
[西塚信人調教助手(以下、西)]今日は菊池憲太君に急に来ていただき、ありがとうございます。
[菊池憲太さん(以下、菊)]いえ。
[西]この前、(横山)義行さんと大庭と対談をしてもらった時にも伝えたけど、あなたの『辞める』という発言に対して、賛否両論、いろいろなメールが届いていたんだ。もちろん頑張れといった声援もあったけど、これだけ大変な時代に仕事があるだけでも感謝しろとか、世間を甘くみるなといったような厳しい声もあった。どちらにしても、たくさんの反応があったんだよ。
[菊]そうだったんだ。
[西]まずは、今回、正式に騎手を辞めるということで、メールを送ってくれた人たちも含めて、その理由について話してほしいんだけど。
[菊]ここ2年間、競馬に乗っていないでしょ。
[西]去年、乗ったじゃん。
[菊]いや、何回かしか乗っていないじゃない。でも、その時、競馬に乗って、やっぱり楽しかったんだよ。ただ、あの楽しさを思い出してしまったから、助手にはならなかったというところはあるよ。
[西]じゃあ、乗せてしまった俺にも責任があるのかもな。
[菊]いや、そうじゃなくて、前にも言ったように、競馬に乗るためにこの世界に入ってきたんだよ。2年間、競馬にほとんど乗ることなく、調教だけ乗っていて、正直、張り合いがなかった。
[西]やっぱり、乗っていたいと。
[菊]そう。助手の人には失礼な言い方かもしれないけど、俺は競馬に乗るためにこの世界に入ってきたという思いは消えないんだよ。だから、競馬に乗れないのなら、いても仕方がないと思う。それでも、生活という現実があるから、調教だけ乗る形で2年間やってきたけど、やっぱり無理だと思った。
[西]それは気持ち的な面でということだよね。
[菊]そうです。もちろん肉体的にはやれる。でも、たとえ1、2年助手をやって、またやっぱりダメだとなって辞めるとなったら、受け入れてもらった人にも迷惑をかけることになるし、もし紹介や口添えをしてくれて間に入ってくれる人がいたら、それも申し訳ないと思うから。
[西]これまで憲太と一緒に仕事をしてきて、俺としては対応できていたように思えたんだけど。
[菊]いや、最高に楽しかったよ。前にも言ったけど、西塚厩舎で仕事をさせてもらった時間がいちばん楽しかったって。俺は文句が多いから、一度怒られたけどね(笑)。
[西]いや、こちらこそ助けてもらったんだよ。ブッチャけると、騎手の人たちにとって、厩舎というのは商売相手で、お客さんなわけだから、なかなか本音を言ってくれない。その気持ちは分かるし、そうなんだろうなぁと思って接している部分もある。エース(田辺騎手)や大庭、義行さんたちは、自分が競馬に乗る乗らないに関係なく、馬の状態を教えてくれたけど、いちばんハッキリと本音でストレートに口にしてくれたのは憲太だった。
[菊]でも、俺はそれが本当だと思うんだよ。いまの時代はそれが言えない。騎手だけじゃなくて、調教師の先生たちも助手の人たちも、馬主さんの手前があるからなのか、たとえ悪くても悪いって言えないからね。それを言ってしまったから、俺は失敗したのかもね(苦笑)。
[西]人間関係の希薄さというか、そういう面は確実に強くなっている。ソエが痛くて、今回は走れないという状況ってあるじゃない。そのようなケースで、俺も最初は馬主さんになかなか言えなかった。それが、ある時から、そういうことも含めて何でも言えるようになったんだよ。『今回は出走を見合わせた方が絶対に良いです。ただ、オーナーがどうしても出走させろというのであれば、出走はさせますが、結果についてはノークレームでお願いします』と。でも、実はそういう人間関係が馬主さんとだけではなく、騎手や助手など、携わる人たちにとってとても大事なんだと俺は思う。そこが希薄になっちゃっているように思うんだよね。
[菊]聞いているのか聞いていないか分からない人もいるけど、俺は言うじゃない。この馬はやれば壊れますよ。でもやれって言うならばやりますって。
[西]確かに、それを憲太は誰にでも言うからね(笑)。そこは損したのかもしれないなぁ。
[菊]でも、俺の場合はそれだけじゃなかったよ。デビューした当時は、本当に朝起きられなかったからね。
[西]でも、俺が知る憲太は出遅れらしい出遅れをしたことがないんだけどね。
[菊]いや、ここ数年はないけど、あの当時は精神的に痛かったんだよ(笑)。弱かったと思う。
[西]それなら、いまからデビューすればいいんじゃねぇの?(笑)
[菊]だから言ってんじゃん。いまからデビューしたら上手くいくと思う(笑)。
[西]憲太さ、辞めようかどうしようかと揺れ動いた時期もあったと思うけど、辞めると決めたきっかけというか出来事って何かあったの?
[菊]いや、特別なことはなかった。
[西]ウチの厩舎が解散になる時に、と言っていたことがあったよな。
[菊]あの時でもいいとは思ったんだけど、小さい人間だから踏ん切りが付かなかったのかなぁ。
[西]でも、何かそれを決めさせたことがあったわけでしょ?
[菊]ハッキリ言わせてもらえば、西塚厩舎を離れて分かったというか、見えた部分はかなりあった。
[西]どういうこと?
[菊]金銭面もあるけど、労働の対価がまったく感じられない。競馬に乗せてもらえる、もらえないということは、もちろんないとは言わない。でも、1頭1700円で(調教に)乗り続けて、しかも馬車馬のように働けと言われても無理。
[西]でも、西塚厩舎の時も最後こそ競馬に乗ったけど、最初は攻め馬だけだったじゃない?
[菊]別にそれでも良かったんだよ。俺にとっては仕事がしやすかったし、楽しかった。それに1頭2000円にしていただきましたから。
[西]ホンノの僅かですいません。でも、いつもニコニコ現金払いだったからね。
[西・菊](爆笑)
[西]2000円だったから計算しやすかったんだよ。でも、正直、いつ辞めようと思ったの?
[菊]それこそ、2年目くらいから思ってた。いろいろ問題を起こして、早く辞めるしかないという思いはあったよ。そうしてたら、5年、6年と過ぎていって、それなら10年やってみようと。あっ、そういう意味では10年やったからという意識が、今回、決断するきっかけとなったのかもしれない。
[西]10年か。
[菊]10年やればいいかな。競馬学校時代にある教官に言われたんだよね。年間に1000万円稼げないようなら、乗れなくなったら早く辞めろって。この仕事は常に死と隣り合わせだし、1000万円稼げないのなら命を張っている価値がないってことなんだよね。
今週はここまでとさせていただきます。
憲太が引退することについて、たくさんのメールをいただきました。世の中ではそんなことはいっぱいあるのだから仕方がないのでは、というようなメールもいただきました。もっと厳しい現実があると僕も思います。
ただ、この憲太の引退を通して、競馬の世界の現実もお伝えしたいと思ったからこそ、あえて村田さんとの対談を延ばす形で、無理を言って僕がお願いしたんですよね。決して何かにこだわっているということではありません。トップジョッキーの方々の言葉も大切ですが、去ってゆく者の言葉も同じように大切だと僕は思っています。
みなさんのワンクリックがこのコーナーの存続を決めますので、来週以降もどうぞよろしくお願いいたします。