ベテランの人たちは、長い経験で培われた秘技を持ってるんですよね
2009.08.20
先週もみなさんからたくさんのメールをいただきまして、本当にありがとうございます。
『筋注』について「誤解が解けました」という声もいただき、いやぁ良かったです。それも、みなさんからのメールがあったからこそ、説明させていただけたわけで、やはりメールの役割の大きさを実感しています。
そういうことで言えば、子どもについてもお祝いのメールとともに、共感を覚えてくださるという方からメールをいただき、みなさんと通じ合えたことを嬉しく思います。お陰さまで母子ともに元気ということで、まずはひと安心といったところです。
今週は桑原調教厩務員との対談の3回目となります。それではどうぞ。
[西塚信人調教助手(以下、西)]僕は桑原さんの馬に興味があります。
[桑原裕之調教厩務員(以下、桑)]なぜ(苦笑)。俺は、自分の馬だけで、他の人の馬にまで神経を使っていられないよ。
[西]女性関係にも興味があります(笑)。
[桑]はっ!?
[西]そんなイケメンなのに、独身でいるのには何か理由があるんですか?
[桑]別に特別な理由はありません。今年こそは結婚を、と毎年言ってるじゃねえかと言われちゃう。
[西]34歳でしたよね。
[桑]いえいえ、今年36歳です。そろそろアラフォーですよ、アラフォー。それなのに、こんな金髪ですいません(笑)。
[西]いや、世の中的にこんな36歳はなかなかいませんよ。
[桑]最近は、そろそろ落ち着かなきゃいけないかなぁと思ったりする機会が増えました。
[西]でも、結婚の先輩として言わせてもらうと、やはりいろいろな意味で結婚すると変わらざるを得ないところは出てきますよ。
[桑]個人的な考えだけど、結婚すると仕事に集中できない感じを受けるんですよ。周囲が結婚していっているわけだけど、その様子を見るとそう思ってしまうのです。
[西]ブッチャけちゃいますけど、仕事に集中すると、どうしても家庭のことは疎かになってしまいますよ。両立というのは難しいですし、特にこの仕事は厳しいと思います。夏休みに有給を取って家族旅行とかはあり得ないですから。
[桑]あり得ないね。もし結婚しても、家族サービスは無理ということは常に言っているんだよ。
[西]そう言えば、有給って使います?
[桑]いまは取らなければならないというルールになっていて、取らないと調教師が責められてしまうからね。年に1日は取っているよ。
[西]取らなくていいと言われたら?
[桑]もちろん取らないよ。ハッキリ言えば、有給休暇に対して必要性を感じないからね。
[西]尾関厩舎になって、生まれて初めて有給を一日取ったんですが、西塚厩舎の時にはまったく取りませんでした。ただ、生意気に聞こえるかもしれませんけど、ガッツリと馬の仕事をしていると、休みなんてなくて当然という感覚になるんじゃないかと思うんですよね。
[桑]休みがなくて当然。そもそも、そんなこと分かってこの世界に入ってきているはずだよね。
[西]ただ、桑原さんで言えば、追い切りのメニューなど(桑原さんの)考えを聞いてもらえていて、任されている部分があるから、そう感じるところもあるんじゃないですか。最近の主流であるシステマティックな厩舎というか、極端な言い方をすれば、意見を受け入れてくれない環境だったとしたら、やはり有給とか取りたくなってしまうかもしれませんよね。
[桑]ひょっとするとそうなるのかもしれないね。もちろん有給休暇というのは認められた権利であり、行使することにまったく問題ないですよ。ただ、生き物を相手にする仕事であることは分かっていてこの世界に入っているわけで、なかなかルール通り、みんな横並びでというのは難しい部分が出てくるのも仕方がないと思うんだよね。
[西]読者の方の中には、トレセンにおける雇用システムをご存じない方もいらっしゃると思うので説明すると、厩務員、そして調教助手の人事権は、所属する調教師が持つのではなく、労働組合にあるのです。だから、嫌ならば働く側が厩舎を選ぶことができるんですよね。ただ、最近は原則としての1人2頭の担当馬制とかもなくなりつつあったりするのですが、20頭に対する、運動、調教、寝わら上げ、そして飼い葉というそれぞれを分業することで、それこそ有給も取りやすくなるのです。ただ、逆に担当馬制があることで、語弊があるかもしれませんが、より愛着も湧くでしょうし、より責任感も感じるところはあると思うんですよね。
[桑]ウチみたいに昔ながらの厩舎だと、常に2頭を担当していて、それこそ休めば人に任せることになるわけで、いろいろな意味で休みも取りづらいというところはあるんだろうね。でも、いまの主流の分業スタイルなら、それこそ週休2日も可能になるから。
[西]失礼かもしれないけど、桑原さんは、昔ながらの厩舎でこそ活きると思うんですよね。
[桑]そりゃ間違いないと自分でも思う(笑)。俺自身も、いまの主流の厩舎では厳しいかなぁと思うところはあるよ。
[西]誤解を恐れずに言えば、いまこの世界も若手、若手という流れになってきていますよね。いちばんの理由は預託料を抑えられるということなのでしょうが、僕自身がベテランの人たちと仕事をしてみて、その経験に裏付けられた技術があることは、間違いなく感じるところなんですよね。
[桑]いるよね。
[西]年寄りだからすべてがダメということでは絶対にないはずなんですが、いまの主流と言われる流れにおいては、年寄りはすべてダメという風潮に満ち溢れてしまっている気がするんですよ。
[桑]ひどいところもあるみたいだからね。言い方は悪いかもしれないけど、厩務員の技術とかを必要としていないというか、認めていないということだからね。
[西]決まった時間だけ運動して、言われたことだけをやっていれば良いということになっちゃいますよね。
[桑]それこそ、治療するのにも許可が必要と聞くからね。傷がある時に、それに塗る薬まで指示を受けるらしいけど、それはそれでどうかと思う。海外のすべてが良いということではないだろうし、また全部がダメということじゃないように、日本におけるシステムや馬づくりもそうじゃないのかな。
[西]システムの話で言えば、いまの主流のシステムによって年寄りばかりでなく、若手の中にも良さを摘まれてしまっている人たちがいるかもしれないですよね。
[桑]いま主流のやり方の中で、モチベーションを保つのは大変だと思うよ。極端な言い方をすれば、悪くなれば放牧に出して、替わりの馬を担当すればいいわけで、治しながら、あるいはもたせながら何とか競馬に出走させるためにどうすれば良いかと考えることをしなくて大丈夫ということだから。それじゃ、誰がやっても変わらないということだよね。
[西]この前、驚いたのは、カラバンを巻けない若い厩務員さんが結構いるんですよね。
[桑]まさか、そんな人いないよ(笑)。
[西]いやいや、実際知っているし、結構多いようです。
[桑]カラバンはやらないにしても、競馬学校でノリバンを巻かされたりするよね。
[西]ノリバンはあっても、カラバンは巻けないって珍しくないと思いますよ。(注・カラバンとは正式には「スタンディングバンテージ」と言われるもので、馬房の中で巻くバンテージのこと。屈腱炎や繋じん帯炎といった脚元に不安がある馬に巻き、腫れを抑えることを目的に巻くのが一般的です。ノリバンとは正式には「ランニングバンテージ」と言われるもので、調教中や運動中に球節や管を外傷から守るのが主な目的です。脚元に不安がある馬もバンテージの材質によっては腱の保護に効果を得ることもできます)
[桑]あっ、そう。でも、最近、競馬学校から入ってくる人たちの中には、できるというか、優秀だと言われる人たちがいると聞くけど。牧場で、凄い馬に乗っていたんだとかね。
[西]牧場でいろいろ経験しているのは間違いないでしょう。ただ、カラバンは巻けないわけですよ。
[桑]それなのに、トレセンに入ってきた時に、ベテランの人に『何を言ってるんだよ』的な態度を取るというのは、個人的にダメだと思う。
[西]また西塚がって言われるかもしれませんが、カラバンということで言えば30代の人より60代の人の方が確実に上手に巻くことができますからね。
[桑]そりゃ、間違いないけどさ。
[西]逆に、60代の人たちのレベルでカラバンを巻くことができる30代の人の方が圧倒的に少ないですよ。年配の人と働くって勉強になりますよね。
[桑]それはそうだよ。こうしろ、ああしろってうるさく感じることもあるけど、勉強になるよ。
[西]いまちょうど、ヒシアマゾンを担当していた小泉さんと一緒に仕事をさせてもらっているんですけど、勉強になります。ポイントというか、その技術をなかなか言わないですけどね。
[桑]そう。そういう人たちって、自分から口にしなかったりするんだよね。でも、聞くと教えてくれたりする。昔いた厩舎に、定年した後にヘルパーとして来ていたベテランの人がそうだったんだけど、聞いたら教えてくれたし、勉強になった。
[西]ホント、秘技というか、持ってるんですよね。そういう人たちの意見に耳を傾けるって大切だと僕は思うんですよ。いろいろ事情があるでしょうし、それらのすべてが正しいということではないんでしょうけど、自分自身の経験として話を聞いておいて損はないはずですから。
[桑]それはそうだよ。同じ怪我をしたとしても、治療法はそれぞれ違ったりするよね。だから、あえていろいろな人に、俺は聞きに行くんだよ。例えば傷ができて、何で保護したら調教の時にいいかという時、どうしたらいちばん良いかと考えていろいろな人に聞くんだけど、みんなそれぞれ違ったりする。
[西]他の厩舎にも聞きに行くんですか?
[桑]もちろん行くよ。
[西]あっ、そう言えば、飼い葉のこととか、僕に聞いてましたよね。
[桑]聞いたね。ホント、いろいろな人に聞くよ。だって、正解ってないと思うわけで、いろいろやってみないとわからないと思うからね。だから、どうしたら良いですかねって聞きまくる。
[西]いまは、西塚厩舎で一緒に働いていた人たちばかりでなく、新しい厩舎から来たベテランの人たちとも働くようになって、いやぁ良い勉強になると感じるんですよね。
[桑]いろいろな人のやり方を知るというのは、本当に大切だよ。それこそ言い方は悪いけど、走らない厩舎で働くことも勉強ですよ。馬というのは、調教ひとつとってもこれが正解というのがないわけで、やってみなければ分からなかったりする。
[西]だから最近、息子さんが同級生の藤沢厩舎で働いてみたいと思ったりもするんですよね。
[桑]思うね。それこそ、有給休暇を取って、1日ずっと仕事を見させてもらいたいなぁと思ったりするよね。
[西]例えばちょっとコズんでいる馬がいたとした時に、藤沢先生はどういう対応をするのかなど、その時々の状況において、どのような判断をしていくのかというのは、とても興味深いです。
[桑]あの先生は、前の日にメニューを決めず、その日の朝の馬のコンディションを見て決める感じと聞いたことがある。あと、馬場状態などにもよって追い切る場所を変更するなど、臨機応変に対応するみたい。
[西]稲葉先生はどうなんですか? 昔からお世話になっているんですけど、人間として魅力を感じるんですよ。ああいう68歳になりてえなあと思う。
[桑]先生は魅力があるよ。どこまで馬のこと分かっているのか、それが全然分からないんだよ(笑)。
[西]あそこまですべての物事におおらかでいられる人って珍しいですよ。
[桑]馬を見ていないようなところがあると言われるけど、言い方は悪いけど意外と馬を見ているよ。マスコミなどには『俺は分からねぇから、桑原に聞いてくれ』とか言うけど、そんなことはないから。
[西]そうみたいですね。『スタッフに聞け』と言われるって聞きます。
[桑]みんなが見ていないだけで、馬房を回ってしっかりと様子を見たりしている。
[西]それにしても調教師として……
今回はここまでとさせていただきます。いかがでしたでしょうか。
文中に、カラバン、ノリバンの話が出てきますが、これをもう少し説明させていただくと、カラバンを屈腱炎などの疾患の進行を止める目的で巻く場合においては、ある程度きつく巻くことで腫れを抑える技術があります。この「巻くきつさ」の加減で、逆に症状を悪化させてしまう場合もあります。このことを一般的に「バンテージをあててしまった」と表現したりします。
そのため、あててしまうことを嫌う巻き慣れない人は、上手な人に頼んだりします。巻く人の技術次第で脚元の持ちが違ってくることはよくあるんですよ。
それと、「バンテージを巻く」という表現をここではしていますが、ベテランの人も含めて一般的には「バンテージを打つ」と表現します。バンテージは巻くものではなく打つものなんです。
厩務員さんということで言えば、今朝、馬が躓いて転倒してしまい、ウチのオレンジ(調教厩務員)が鎖骨を骨折するという事故が発生してしまいました。
馬の方は無事だったのですが、改めて危険な仕事であるということを実感させられます。それこそ命さえも落としてしまうような事故の可能性もあるわけですから。
あっ、そういえば、「上の方(松岡騎手)の写メをお持ちならアップしてください」というメールが届いていましたので、面白い1枚をアップさせていただきます。
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