育成牧場には、競馬産業全体のしわ寄せが及んでいます
2009.10.08
先週はエフテーストライクが内房Sに出走しました。前回に続き、コンディションは良かったのです。体も減っていない中でレースに出走することができたのですが、残念ながら12着に敗れてしまいました。
当たり前ですが、準オープンにもなると、より競馬が厳しくなります。ただ、このクラスでも通用する力はあると思うんですけどね。
それでは、今週で最終回となる鍋掛牧場の沖崎場長との対談をお送りします。どうぞ。
[沖崎誠一郎場長(以下、沖)]馬の変化に気を付けるということは、とても大切だよ。
[西塚信人調教助手(以下、西)]でも、見て分かるようになるのは難しいと思います。もっと言えば、乗るのと同じくらいの感覚を、見て感じ取ることができるのは、相当なレベルですよ。とてもとても、僕のレベルじゃ厳しいです。
[沖]ただ、調馬索を行うことで、歩様の変化には気が付くようになったわけだよ。
[西]ブッチャけちゃいますが、親父が死ぬ2週間くらい前、ほぼ元気な最後の言葉だったんですが、『お前も、もう乗るのは無駄だから、下から見て分かるようになれ』って言われたんですよ(笑)。
[沖]そうだったんだぁ。覚えているかなぁ、信人と先生がウチに馬を見に来た時に、馬の全体の様子を見ることなく、いきなり脚元を触ったことがあった。それこそ、馬の変化などを気にしていないということで、気になるのは脚元だけということだよね。
[西]そういう意味でも調馬索をやることで視界が変わりました。
[沖]良かったよ(笑)。耳の先から、尻尾の先まで、馬全体の様子を観察することは、単純なことのようで、とても大切なんだよ。
[西]生意気に聞こえるかもしれませんが、やればやるほど、そう思います。いまさらながら、馬って難しいですね(苦笑)。話は変わりますが、何人かの読者の方から、『放牧されているのに、乗ることを休まないというのは本当なのですか?』という質問があったので、答えていただけますか。
[沖]いまの育成牧場には、そういうケースは皆無と言って差し支えないでしょうね。もっと言えば、JRA関係者が『良い施設がある』と表現したとしたら、そこには放牧地はないはずですよ。
[西]なるほど、そうかもしれませんね。でも、馬にもよるし、そのケースにもよるのですが、本当の放牧ということをしても良いと思いませんか?
[沖]本来はそうあるべきだと思うよ。野生の馬は、草原で草を食べながら、集団で生きているわけだからね。心肺機能云々と言われたりするけど、アイルランドの厩舎では、いまでもレース後、放牧することは決して珍しくない。じゃあ、日本ではなぜしないのかと言えば、リスクでしょう。駆け回ってケガをした、というのは絶対に許されないということだよ。まあ、文化の違いも大きい。でも、オープン馬を預かったとしたら、やっぱり放牧できないよ。アイルランド人じゃないからね(苦笑)。
[西]あと、場長のところは違いますが、よく見かけるのが厩舎周りがコンクリートという風景ですよね。
[沖]そりゃ、メンテナンスが楽だからでしょう。ウチはそうじゃないから、雨が降れば土や砂が流されてしまうし、馬が歩くことで痛みもするからね。それこそ、寝わらを干すのだって、コンクリートの方が速く乾きますよ。
[西]僕も牧場で働いていましたので、その大変さは分かります。お金も労力も、本当にかかりますよね。
[沖]馬場ひとつにしても、雨が降れば流されてしまう。その度に補充しなければならない。それだけじゃなくて、メンテナンスの機械、その部品に至るまで、すべてを負担しなければならないわけだよ。JRAに入ってしまえば、そこまで心配する必要はないでしょ。
[西]そうですよね。参考までに教えていただきたいのですが、ダートコースの砂ってどのくらいするのですか?
[沖]ひと雨降って流されて、安く見積もって10~15万円といったところだね。だから、夜に雨が降ると気が気じゃない。トレセンならそんなことないだろ?
[西]はい。厩舎ハナ前の砂も、電話をすればすぐに入れてもらえますからね。
[沖]もちろん無料だろ?
[西]そうですね。
[沖]そりゃ、牧場はアスファルトにしようとなってしまうということだよ。
[西]僕も牧場で働いていたから分かるのですが、その砂を入れる作業が大変なわけですよね。800mしかないとか言いますが、その労力と言ったら、もう馬云々じゃない。それこそ土木工事ですよ。
[沖]いや、牧場の仕事って、ある意味、半分以上は土木作業だから。
[西]でも、そうやって馬乗り以外にもいろいろなことを牧場で覚えて、僕たちのような厩務員や調教助手はJRAに入っていくわけですけど……いま多くの牧場は人手不足だと聞きます。
[沖]間違いないよ。そのことが、実はいま、競馬産業全体の問題だからね。牧場で経験を積んで、ある程度仕事ができるようになった人間のほぼ全員がJRAを目指す。スタッフはJRAに入るけれど、残された牧場は、自分たちの力で何とか補充しなければならない。何とか新しい人材を確保して、そして育て上げる。すると、またJRAに入っていく。その繰り返し。
[西]そうなんですよね。
[沖]ハッキリ言えば、育成牧場において良い乗り手が戦力になるというのは、誰でも分かっていること。上手い乗り手を確保しておこうと人件費を度外視して繋ぎとめようとしても、どんな育成牧場であっても限界はあるし、時には数千万円にもなるJRAの収入の魅力には勝てない。また、常に一定の預託馬があるわけではないからね。それでも乗り手は確保しておかなければならない。言っちゃ悪いが、トレセンの中で『8時間労働厳守』という貼り紙がしてあったけど、ふざけるなって思うよ。
[西]牧場なら8時間労働なんて言っていられないですからね。何か制度を変えないと、競馬の地盤沈下が加速してしまいますよね。
[沖]「競馬学校」と名乗る以上、素人を集めて、一人前にするべき。その上で1年、あるいは数年間牧場での実習を行った上で、卒業試験を受けて、晴れて厩務員となれるという方が当たり前でしょう。医師になる人間が、もし素人のうちに研修して、そこから学校に入って試験を受けて医師になったら大変であるように、他の業種と同じようにするべきでしょう。
[西]そうですよね。でも、競馬学校の入学試験には騎乗試験がありますからね。
[沖]だから、全部を牧場に背負わせていると言うんですよ。試験があるということは、ある程度馬に乗れなければ合格できないということだからね。
[西]そういうことですよね。
[沖]もう何年も前から、JRAや雇用主である調教師会に対して、我々育成業者に対して「人を育てる資金を下さい」とお願いしている。トレセンの施設に近い環境で仕上げて、トレセンに入って10日で競馬をするというスタイルが定着しているのだから、馬主会ばかりでなく、調教師会、騎手会、そして厩務員組合と、ありとあらゆるところに出ている競走協力金を、育成協会にも出してくれても良いんじゃないかと思うけどね。
[西]競馬学校から育成牧場に研修に行くというシステムにしなければ、負担が増え続けるというわけですよね。
[沖]そう。ただ、多くの育成牧場で人手不足が深刻化して久しいのに加えて、ここへきて競馬学校の受験者も相当減っているからね。
[西]あっ、そうですか。
[沖]明らかに減っている。ここへきて入学の規定が変わっているよ。それでも、人手の問題は『牧場の企業努力』だと言うからね。もっと言えば、『将来JRAに行きたいという人間は(牧場側は)採用しなければ良いのに』と言われてしまう。挙句の果てには、『最近は研修生という名目で安い賃金で働いている人間がいて、牧場のメリットになっている』と言う始末だからね。もしこのままなら、間違いなく競馬という産業に未来はないよ。
[西]深刻ですね。
[沖]そういう問題を解決するのは、8時間労働の堅持ではないでしょう。本来、馬が好きで、10時間労働になってでも、馬を少しでも良くしたいと思っている人間たちが集まっていて、その最前線がトレセンのはず。さらに、この不景気などで、そこに夢も希望もなくなってきているのだから、本当に何とかしないと、近い将来、競馬産業が廃れてしまうよ。
[西]場長の言葉には、競馬という産業の存続に関わる大きな転換期だと痛感します。
[沖]極論じゃなく、このままでいけば、そう遠くない将来には、競馬産業で生きていくという人間の中には、隣国へ出稼ぎにいかなければならないケースさえも出てくるはずだよ。
[西]いや、本当です。決して対岸の火事ではないし、空想の話じゃないですよね。
[沖]真剣に考えていくべきことだと思いますよ。あっ、そういえば、さっき話をしようと思ったことを思い出したよ。走りの鈍い馬がいるとする。その一方で、突っ掛かって仕方がない馬がいるとした時、鞍の位置はどうしている?
[西]えっと……引っ掛かる馬は前ですかねぇ。
[沖]逆だよ。引っ掛かる馬は抑えなければならないのだから後ろで、鈍い馬はより前でしょう。アメリカの騎手たちがキコウの上に乗るのは理に適っている。それに対して、起伏が激しい馬場で乗ることが多いヨーロッパの騎手たちは、後ろに鞍を付けているからね。個人的には、そのことだけでも気を付けるべきではないかと思うよ。
[西]なるほど。
[沖]馬場コンディションこそ違っても、常に安定した馬場であるから、そういう必要もないのかもしれないけど、口だトモだというのであれば、鞍の置く位置を考えるべきだと思う。もっと言えば、運動の内容でも位置を考えて良いはずで、あくまで馬の重心で位置が決められるべきでしょう。
[西]いやぁ、参考になります。でも、馬は本当に難しいなぁ。
[沖]難しい、難しいって言うなよ。入ってきたいと思う人が減っちゃうだろ(笑)。
[西]あっ、そうですね(笑)。でも、難しいですよ。
[沖]ただ、間違っても簡単とは言えないね。
[西]本当に勉強なります。今回はありがとうございました。またぜひご協力していただければと思います。
5回に渡ってお送りした、沖崎場長との対談はいかがでしたでしょうか。沖崎場長には、まだまだ聞きたいことがたくさんあるのですが、それは個人的にするとします。
今回の対談において中心となった調馬索ですが、何度も言いますように、絶対的で万能だとは思っていません。あくまで有効な手段のひとつであると思っています。
ただ、それを簡単だという意識があるからなのか、その良さがあまり評価されていない風潮があると感じさせられるので、それはおかしいのではないかと思ったんですよね。
僕はゴルフをやらないのですが、ゴルフをやる人に聞いたところ、『アマチュアはプロと同じ道具を好む人が多い』らしいのですが、その一方で、『上手い人ほどやさしく簡単なクラブを選ぶ』らしいのです。
何が言いたいかというと、馬は乗るだけが方法じゃないということです。決して自己弁護ではありません。馬を良くするためには、たとえそれが自分の信念とは違っていても、取り入れていくべきだと思うんですよね。
あと、トレセン以外にも、素晴らしい技術を持ったプロがいるということをみなさんには知ってほしいと思ったから沖崎場長に話を伺ったのでした。
ブッチャければ、プロとしてトレセンで働いている人たちよりも、馬を知り、上手く乗れる人たちが、沖崎場長をはじめ外の世界にもたくさんいるということなのですよ。
さて、来週からは、新たな対談がスタートします。ゲストは、いろいろな方からリクエストをいただいた西田雄一郎騎手を予定しています。来週以降もどうぞよろしくお願いします。
ということで、最後はいつも通り、『あなたのワンクリックがこのコーナーの存続を決めるのです。どうかよろしくお願いいたします』。