この勝利を機に、調教師の経営手腕はもっと称えられていい
文/鈴木正(スポーツニッポン)
ローレルゲレイロ、お見事だった。自分でペースを作って前半3F33秒1で飛ばしての逃げ切り。外からジョイフルハートが行く気を見せたが、
藤田騎手は2番手で折り合う気などさらさら見せず、迷わず行った。素晴らしい判断だったと思う。
スリープレスナイトもベストの騎乗だった。イン待機から4コーナーでうまくこじ開け、
ローレルゲレイロを追った。残り200mの地点では、一瞬交わしたように見えたのだが、そこから突き放されてしまったあたりが休み明けのぶんだろう。じんましん明けでパドックの雰囲気もひと息。それでこの走りなら、実力を誇示した、
さすがだと言うべきだ。
昆貢師にとっては待望であった、
ディープスカイに次ぐG1馬。ファンの皆さんは地味な印象をお持ちだろうが、この人、なかなかの戦略家である。早くから
「サンデーサイレンス後の競馬」に照準を合わせ、血統の研究に時間を費やしてきた。
キングヘイローに目を付けたのは、その成果だ。
「ダンシングブレーヴにグッバイヘイロー。世界でも屈指の血統と言えるし、種牡馬としてのポテンシャルは高いはず」とにらんだ。
カワカミプリンセス(G1・2勝)が
キングヘイロー産駒として先に世に出たが、
昆師が
ローレルゲレイロを管理することが決まったのは、もちろんカワカミが活躍し始める以前のことだ。
競馬全体を見据えたビジョンの持ち主でもある。騎手出身であるゆえ、
若手騎手には積極的にチャンスを与える。調教を手伝った
松田大作騎手をレースでも乗せ、G1(07年オークス=ミルクトーレル8着)に送り出したこともあった。
どんな騎手もチャンスさえあれば勝てる、機会を与え続けることが調教師の務めだと力説したことがある。
競馬の盛り上がりのためにも、そういう姿勢が必要とも語り、大いに同意した。管理馬を見れば分かるが、社台系のオーナーはいない。それでいて、近年のこの好成績は本当に素晴らしい。調教師の経営手腕はもっと称えられていいし、この高松宮記念制覇であらためて見直されることと思う。
ここで勝ち馬からは少し離れ、余談を。自分は関東記者だけに
アーバニティに注目していた。デビュー戦で
大差最下位(当時は角居厩舎)に敗れ、重度の骨折と分かって右前脚にボルトを入れる大手術を行い、地方競馬所属を経て、ついに中央G1の舞台へと上り詰めた馬。ドラマめかした過剰な演出は嫌いと思われる
横山典騎手ですら
「どん底からはい上がって、これだけ注目される存在となった。大きな魅力を感じる素晴らしい馬だ」と語った。
血統的にも見逃せない存在だった。母
レガシーオブストレングスについては
藤沢和師がこう語ってくれた。
「僕が開業した年(88年)に米から日本にやってきたんだ。その時に腹にいたのがレガシーオブゼルダだよ」。ちなみに
レガシーオブゼルダの馬名は、社台ファーム代表・吉田照哉氏のご子息、哲哉氏がまだ子供で、ファミコンゲーム
『ゼルダの伝説』に夢中になっていたことからその名が付いたそうだが……。それはさておき。
その母の22歳の時の子が
アーバニティ。しかも転入した先が
古賀慎厩舎。姉の
サイレントハピネス、
スティンガーにもまたがっていた
藤沢和厩舎の元番頭が開業した厩舎に入ったのは運命的と言える。検疫で初めて見た瞬間
「すごく格好いい馬だ。これは走らせなければ。責任重大だ」と
古賀慎師は思ったそうだ。
その第一印象通り、着実に階段を上って重賞を制し、G1にまで参戦した。
高松宮記念は見せ場なく
14着に敗れたが、
ホースマン人生の面白さ、運命の不思議さを教えてくれたという意味で、高松宮記念のひとつのアクセントとなった。
さて、
空前の混戦という意味で楽しみにしていた
高松宮記念が終わってしまった。レースが終わって間もないのに、
早くスプリンターズSが来ないかな、と思っている。秋の電撃戦も大混戦だろう。ぜひ3連単を当てて、ゴール前で絶叫したいものだ。