今年の天皇賞・春はオールドファンの溜飲を下げさせてくれた
文/後藤正俊(ターフライター)

この10年余り、
長距離レース不要論をいろいろなところで目にする。
「3000メートル以上のレースは世界の競馬の流れから逸脱している」、
「英国のセントレジャーはもう3冠レースと呼ばれていない」、
「欧米の3000メートル以上のG1レースはアスコットゴールドカップ、カドラン賞などごく一部でその評価も高くない」などがその根拠となっている。
またファンからも
「道中は超スローペースで直線だけの競馬は見ていてもつまらない」という意見が多い。
天皇賞・春と
菊花賞の
距離短縮や
廃止を求める意見があるのも事実で、JRAでも検討課題としている。
競馬に対して様々な見解があるのは当然のことだし、これらの意見にうなずける面もある。だが、もう40年以上も日本競馬を見続けてきたオールドファンからすると、いまでも
「長距離戦こそが真の王者決定戦」というイメージが強く残っている。そんなオールドファンの溜飲を下げさせてくれたのが、今年の
天皇賞・春だったのではないだろうか。
4年ぶりのフルゲート18頭立て。単に頭数が集まっただけではなく、
すべてオープン馬で
ゼンノグッドウッド以外は
重賞3着以内の成績があり、
G1勝ち馬も6頭と豪華なメンバー。人気が拮抗して馬券的にも興味深いレースとなっていたが、レースそのものも、これまでの日本の長距離戦とは一変した、激しく厳しい見応えあるレースとなった。
スタートから
テイエムプリキュア、
ホクトスルタン、
シルクフェイマスが主導権争いをし、トップが何度か入れ代わる息の抜けない展開。前半で5度も11秒台のラップが記録された。
前3頭の直後に2番人気
スクリーンヒーローがつけて3角から早めに動き、1番人気
アサクサキングスもこれを徹底マーク。そのため、後半もペースが緩むことがなく、逃げ争いをした3頭は
15、17、18着と惨敗した。
アサクサキングス9着、
スクリーンヒーロー14着と人気馬2頭が掲示板を外したのは、ハイペースに巻き込まれたというよりも、
真のステイヤー王者と呼ぶにはまだ実力、スタミナ不足だったと見るべきかもしれない。
天皇賞・春は、本来、それほど厳しいレースなのだ。もし
メジロマックイーンだったら、このペースで先行していても圧勝していたように思える。
勝った
マイネルキッツはG1初挑戦でこれまで重賞勝ちもなく、格的には明らかに見劣っていた。父
チーフベアハートは
芝12ハロンでG1・3勝を挙げた中長距離の名馬だったが、これまでの活躍産駒は
マイネルレコルト、
ビービーガルダン、
トーホウレーサーなど、障害の
メルシーエイタイムを除くと、むしろ
短中距離の実績が目立っている。母
タカラカンナも
ダートの短~中距離で7勝したサッカーボーイ産駒で、血統的にはステイヤーとは言えない。
だが
マイネルキッツは1歳時から、
ビッグレッドファームの坂路コースでとんでもなくハードなトレーニングを施されてきたことで、ステイヤー血統馬に負けない体力と精神力の強さを身につけていた。スタミナはスピードと違って鍛え続けることで増していく部分がある。
素質優先の短距離戦にはない、長距離レースならではの魅力でもある。
これまで
中距離戦を中心に使われてきたが、初体験の
2500メートル戦だった
日経賞で
2着に追い込んだレースの手応えから、
松岡正海騎手が
「速い脚はないけれどバテないので、天皇賞・春を使いましょう」と
岡田繁幸氏に進言してローテーションが決まったのだった。
マイネルキッツは
今回のようなハイペースの消耗戦にならないと本領を発揮できないタイプだろう。古馬長距離G1もこの
天皇賞・春しかないので、今後もコンスタントに活躍するのは難しいように思える。もしかすると、歴史的な名ステイヤーとして名を残す確率は低いかもしれない。
だが、この
天皇賞・春のような見応えのある長距離戦が常に展開されていけば、ファンの関心も高まり、必ずや長距離レース復権の日が来る。日本は欧米ドバイに左右されず、独自に長距離レースを発展させて、
天皇賞・春が
豪・メルボルンカップのように、
国民的な盛り上がりのあるレースになるというのも“アリ”ではないだろうか。
そうなった時にようやく、
マイネルキッツの本当の価値が認められるはずだ。