父から受け継いだ柔軟性が1枠、不良馬場をも味方につけた
文/後藤正俊(ターフライター)
皐月賞で
1、2番人気の期待を大きく裏切る
14、13着に惨敗した
ロジユニヴァースと
リーチザクラウンが、
ダービーの大舞台で見事な復活劇を見せた。
皐月賞でそれだけの評価を受けていたのだから、もちろん実力はあったのだが、
東西を代表するベテラン騎手の手腕と、
通常よりも10秒近く時計のかかる不良馬場を味方に付けたことも確かだった。
体調面で苦心していた
ロジユニヴァースは、
ダービーになっても完調と言えるほどは復調していなかった。皐月賞直前に急激に減少してしまった馬体重は戻っていたものの、最終追い切り終了後も
横山典騎手の口は重かったし、
ダービーのヒーローインタビューでも
「皐月賞が大敗だったのでダービーは厳しいだろうと思っていた自分が情けない」と話していた。
だが、だからこそ、
横山典騎手はスタミナロスを最小限に防ごうとラチ沿いから離れなかった。直線を向いて抜け出す時も、自信を持っていれば
リーチザクラウンの外に持ち出したはずなのに、狭くても内にこだわった。
直線で先頭に立った
武豊騎手のさらに内側が空くことなど滅多にないことだが、そこをこじ開けられたのは、
ダービー初制覇に賭ける横山典騎手の“執念”と、
20年間に渡って関東のトップジョッキーとして君臨し続けている“顔”の成せる業だった。
降り続く雨で悪化する一方だったコース内側を、終始、通っていてもまったくノメることなく、1番枠をプラスに変えることができたのは、
父ネオユニヴァースから受け継いだ柔軟性の賜物だった。
社台スタリオンステーションの
徳武英介氏は、
「ネオユニヴァース産駒は馬体の柔軟性と気性の強さという面で、もっともサンデーサイレンスに特徴が似ています。柔軟性はむしろサンデーサイレンス以上で、“こんなに緩くて大丈夫なのかな”と思うこともありましたが、成長するにつれて徐々にしっかりしてくるのです。ロジユニヴァースはその中でも特に柔らかかったと、ノーザンファームの育成担当者が話していました」と、種牡馬ネオユニヴァースを評していた。
同じ
ネオユニヴァース産駒の
アンライバルドは
1番人気で
12着という結果に終わったが、
柔軟性があるからこそ、
ロジユニヴァースは
不良馬場でもバランスを崩すことなく、自分のフォームで走り切ることができたのだろう。
初年度産駒から
皐月賞馬と
ダービー馬を輩出した
ネオユニヴァースは、いまや馬産地だけでの人気にとどまらず、これから本格化する1歳セールを前に、その産駒の争奪戦が始まっている。一時は
アグネスタキオンに決まりかけていた
サンデーサイレンス最良後継種牡馬争いに、一気に躍り出てきた。
敗れたとはいえ、
リーチザクラウンも
皐月賞の屈辱を晴らすレースを見せた。離れた2番手で、実質的にはスローペースでの単騎逃げの形と言える絶好のポジションをキープできたのは、やはり
武豊騎手の“顔”であり、
ダービー4勝の自信と経験によるものだった。
騎手界は
安藤勝己騎手のJRA参入以来、
岩田康誠騎手、
小牧太騎手、
内田博幸騎手ら地方競馬のトップジョッキーが続々と移籍して、リーディングジョッキー上位を占める大活躍を見せている。また、短期免許取得で来日する
外国人騎手も、毎年のようにG1タイトルを持ち帰っている。
地方出身騎手や
外国人騎手たちが見せる高い技術、厳しいレースぶり、ファンに対しての真摯な姿勢は、競馬界全体にとってはプラスになる部分が非常に大きかった。だが一方で、
“JRA生え抜きの騎手たちは何をやっているんだ!”という見方もされた。
その中で
横山典騎手、
武豊騎手がまったく隙のない面目躍如のレースをダービーで見せてくれた。ゴール後の2人のハイタッチシーンには、JRA競馬をここまで盛り上げてきたのは自分たちだという誇りが込められていたようにも見えた。
オークスに続いて
ダービーも1着
ノーザンファーム、2着
社台ファームの生産馬で、生産界の両巨頭が相変わらずの強さを見せたが、3着
アントニオバローズを生産した
新冠・前川隆範牧場は
夫婦2人で水田をやりながらの兼業農家だ。
繁殖牝馬は6頭だけだが、それでも毎年のように海外の繁殖牝馬セールに出かけて血統の更新を怠らない努力が、銅メダルをもたらした。生え抜きの騎手だけでなく、
生え抜きの日高の生産者の意地も垣間見えたことが印象的な
2009年ダービーだった。