ラストランになることに、寂しさを覚えずにはいられない
文/村本浩平
直線残り150mでインコースから
見慣れない勝負服の馬が抜け出すのが見える。それでも視線は外からやってくる
メイショウサムソン、そして馬群を捌いた
ウオッカを見てしまう。だが、そのインコースを突いた
見慣れない勝負服を着た馬の脚色に陰りは見られない。
その時、レース実況をしていたアナウンサーが
「アドマイヤムーン先頭!」と叫ぶのを聞いて、この服色が
「ダーレージャパンのアドマイヤムーン」であることを思い出した。
今年の
ジャパンカップウィークは、
ノーザンファームウィークとなった。
前日に行われた
ジャパンカップダートでは、
ヴァーミリアンが驚異的なレコードタイムで優勝。この
ジャパンカップでも1&2着に入り、見事ワンツーフィニッシュを飾った。
昨日、
ジャパンカップダートのレース後に
「強いと思っていたから」と話してくれた
ノーザンファームの秋田博章場長は、今日のレース後にも昨日と同じ言葉を力強く返してくれた。
ノーザンファーム代表の吉田勝己氏も、
「凄いことだよね」と満面の笑みを浮かべる。多くのマイクやカメラに囲まれながらTVのインタビューに答えていた
岩田康誠騎手は、歓喜のあまりに言葉が詰まった。
レースは、
チョウサンが逃げるという意外な展開で始まった。その後に付けたのは、最近、折り合いが付くようになってきた
コスモバルク。先手を奪うかと思われた
フサイチパンドラは
ポップロックと並び、その2頭の後ろには
アドマイヤムーン。
メイショウサムソンはいつでも仕掛けられるかのように中団をキープする一方で、最後方に位置していたのが
ウオッカだった。
1000m通過は
1分00秒1と、
スローペースで流れていく。
大勢にほつれはなく、それどころか4コーナーに入って馬群がぎゅっと詰まる中で、いち早くアクションを見せたのが
メイショウサムソンだった。その後ろからは
ウオッカが追撃体勢に入る。
好位置をキープし続けた
ポップロックは、残り1ハロンで
ペリエ騎手のゴーサインとともに溜め込んだエネルギーをゴールに向けて開放する。しかし、前を行く
アドマイヤムーンにはアタマ差届かなかった。
ここまで国際G1レースを2勝していることを考えれば、はなっから格が違っていたのかもしれない。だが、この日は5番人気となっていた理由、それはこの
ジャパンカップが
府中の芝2400mで行われたことだろう。
アドマイヤムーンの成績にも現れているが、
エンドスウィープ産駒の得意とする条件は
マイルから中距離。日本では
芝2200mの
宝塚記念を
アドマイヤムーンと
スイープトウショウが、また施行条件と開催時期が変わり、同じ
芝2200mで行われるようになった
エリザベス女王杯を
スイープトウショウが勝利している。
だが、そこから距離が200m延び、しかも
直線の長い東京コースではスタミナに不安があることは、誰もが感じたことだろう。ただ、優勝後の会見に出てきた
ダーレージャパンの高橋力代表の見方は違っていた。
「私自身、この馬は芝2000mのスペシャリストだと思っていました。それだけに道中でアクシデントこそあったとはいえ、天皇賞・秋を負けたことはとてもショックでした。このままでは種牡馬入りした時は宝塚記念のインパクトだけになり、種牡馬となった頃にはどんどんそのインパクトが小さくなってしまう。しかし、今の東京競馬場のパンパンの馬場なら、2400mの条件もアドマイヤムーンには問題ないのではと思えたのです」高橋代表の言うところの
「カンピュータ」による理論を、結果で導き出したのが
岩田康誠騎手であり、また抜かりのない仕上げをした
松田博資調教師だった。
「みんなが思うほど何もしていない。馬任せ」と会見場に笑いをもたらした
松田博調教師ではあるが、次走について質問をされると、
「それはオーナーの意向に従うだけ…」と言葉をにごらせた。
そして、その答えは
高橋力代表の口から明らかとなる。
「東京と中山ではコースの形態が違いますし、12月における芝の状態もアドマイヤムーン向きとは言えません。何よりも距離的に2400mがギリギリだと思いますし、これから種馬として次の仕事が残されていることを考えると、あえて冒険はさせたくないですね」その後に、司会を務めていたアナウンサーから
「引退ということですか?」と話を向けられると、高橋代表はどこか割り切ったような表情で、
「体力が戻ったら、牧場に持ってこようと思います」と答えた。
会見場における
高橋代表や
松田博調教師が、感情を表に出せなかった理由は、心のどこかでは、まだ
アドマイヤムーンに競馬を走らせたかったからかもしれない。
距離の壁を跳ね除けたこの勝利で、
種牡馬としての価値や可能性はさらに高まった。でも、
競走馬としてはこれでラストランとなってしまうことに関しては、一抹の寂しさを覚えずにはいられない。