サクライエイコウオーでの勝利の陰には、勝太郎先生や助手さんのひと言があったそうです
2009.11.12
先週の尾関厩舎は、ノボパガーレの5着が最高という結果となりました。
パガーレは、前走で手綱を取っていた上の方(松岡騎手)から、メンコを取った方が良いという進言をいただき、その通りにしたのです。また、歩様も随分と柔らかさが出てきて、状態もアップしていると手応えを感じていました。
このクラスは、展開ひとつで抜けてくれるだろうということを、改めて感じることができました。
と、先週の競馬の話についてこのくらいにして、西田さんとの対談に移りましょう。今回で最終回になります。それではどうぞ。
[西田雄一郎騎手(以下、雄)]追い方は(以前と)全然違っているよね。以前は、逃げを得意としていたというか、売りにしていた。(境)勝太郎先生にも、『お前、逃げてばかりでは競馬は上手くならないぞ』って、よく言われていたからね。ただ、それでも、勝ててしまっていたんだよ。
[西塚信人調教助手(以下、信)]勝つことができてしまっていたわけですね。
[雄]そう。逃げるという戦法は、誤魔化しが利く部分があるわけだよね。能力的には絶対的に足らない馬がいたとすると、その馬で能力が上の馬に勝とうとする時、逃げるというのは有効な手段であるわけですよ。
[信]それを変えたわけですか。
[雄]変えたわけじゃないよ。その頃は僕はローカルを主戦場としていたんだけど、中舘さんは中央場所が主戦場だった。それが、中舘さんが再びローカルが主戦場となったいま、同じように逃げようとしたとき、僕と中舘さんが乗っている馬のポテンシャルには、ハッキリ言って開きがあるというのが現実。中舘さんとずっと同じレースに乗るわけではないし、レースによって状況も違いますけど、逃げたいと思っても、馬のポテンシャルと中舘さんの技術によって、難しい状況が多くなるわけですよ。
[信]なるほど。
[雄]そうなると、他にも何か売りが必要となるわけで、オーバーアクションと言われても、『あっ、ここでも西田が乗っている』という存在感を示すことが大切だと考えたわけですよ。
[信]ガムシャラさが伝わってきますし、存在感がありますよ。
[雄]もちろん、状況によって逃げという戦法も取るし、自分自身の中で自信もある。ただ、なるべく封印して、競馬をしなければならないと思う。戻ってきて、勝太郎先生の言葉通り、逃げ過ぎていたから競馬が下手だと痛感させられた。逃げない、あるいは逃げられない時の競馬が下手だと思ったし、馬込みでの競馬も下手だと思った。いま復帰して4年半が過ぎるけど、そういう意識で競馬をしてきたから上手くなったと感じる部分もあるし、それと、『最後まで一杯に追う』という売りで勝負していきたいと思っているんだよね。
[信]逃げ以外の売りということですか。そこには、勝太郎先生の言葉があったわけですね。
[雄]あったね。『逃げてばかりいては、競馬は勝つかもしれないが、上手くはならないぞ』ってよく言われた。ただ、若い時って、とにかく勝ちたいという気持ちが強くてね。
[信]こんな言い方をしたら失礼ですが、サクラエイコウオーに騎乗できた時って、勝太郎先生とオーナーの間でやり取りがあったと思うんですよね。
[雄]あの時、小島太先生が技術調教師になっていて、その後は東(信二)さんが乗っていた。詳しいことは知らないけど、閃きがあったんじゃないかな。赤白帽(騎手候補生)の時から勝太郎先生は、『お前がデビューしたら、バクシンオーに3キロ減で乗せてやるぞ』とか言っていただいていたんですよ。超一流馬に3キロ減ですか、ということなんだけどね(笑)。
[信](大爆笑) 勝太郎先生、最高ですね。
[雄]そういう冗談を言える先生だったよね。エイコウオーの時は、それこそダービーに出走した時(94年)に下乗り(騎手候補生)として手伝いに行っていたし、競馬はよく見ていて、その週初めの新聞と雑誌とかを見て登録しているのも知っていた。ただ、まさか乗れるとは思っていなかった。
[信]あの時のエイコウオーは、惨敗が続いていたはずですよね?
[雄]そう(ふた桁着順が2戦続いていた)。でも、あの時、ハンデ戦でも55kgを背負っていたからね。火曜日の朝、勝太郎先生に『お前、七夕賞乗りたいか?』って聞かれてさ。
[信]そりゃ、乗りたいって言いますよね(笑)。
[雄]もちろん(笑)。『乗りたいです』って即答した。でも、いままでの流れから冗談かなとも思ったりした。そうしたら『オーナーに聞いてみるから』って言われてね。「えっ、本当ですか」と驚かされた。
[信]サクラエイコウオーという馬は、デビュー戦で逸走して競走中止になっていますが、変なところがあったんですか?
[雄]乗る前にはあるって聞いていた。ただ、オーナーからOKをいただいて、追い切りに乗った時、助手さんたちにもいろいろ教えてもらったことはあったとしても、乗りやすかったんだよね。レースの印象などから、難しいところがあるんだろうなぁというイメージがあったんだけど、そういうところをまったく感じなかった。そうしたら、助手さんたちに『おとなしいぞ。お前、この馬と相性いいな』って言われて、変に自信を持ってレースに向かえたのを覚えています。
[信]あの時、何歳だったんですか?
[雄]20歳でデビューしたんだから、21歳かな。
[信]1年とちょっとか。西田さん、凄いなぁ。
[雄]いや、競馬は馬が走るんだけど、乗るのは人。生き物と生き物なわけで、その心理状況というのも大事なわけですよ。あの時の助手さんの言葉ですよ。『お前、相性いいな』ってひと言。いまになって思えば、それで単細胞な俺は『おっ、俺、ちょっと上手いのかなぁ』と、上手く乗せてもらうことができた(笑)。
[信]なるほど(笑)。
[雄]それと、あの馬、逃げて弥生賞を勝っていたので、勝太郎先生もおそらくは逃げという考えでいたはず。
[信]逃げてばかりではダメと言っていた勝太郎先生が。
[雄]いや、ハッキリと逃げろとは言われなかったんだよ。俺は逃げる気満々だったけどね(笑)。あの時は、『ゲートに気を付けて、行けそうだったら行っていい。出遅れたら、出遅れたなりの競馬をしていい。行く馬がいたら行かせていい』と言われた。そこもポイントで、選択肢がたくさん与えられたわけですよ。もし、『逃げろ』と言われたら、緊張してしまったり、それで出遅れてしまった可能性があったかもしれない。そこに勝太郎先生の凄さを感じるわけですよ。
[信]さすがですね。
[雄]デビューして間もないアンチャンで、しかも重賞だからね。ただでさえ、競馬において余裕がないわけだから、間違いなく、緊張しないようにという配慮だったと思う。
[信]競馬前の調教師あるいは厩舎スタッフのひと言が変化をもたらすことってあると思います。
[雄]それは声を大にして言いたいね。
[信]全然、違いますよね。そんなことあるのかと言う人もいるかもしれませんが、ひと言はそりゃ大きいですからね。
[雄]加藤ステーブルに行って感銘を受けたのは、社長を筆頭に馬のメンタル面を考えていること。人間でもそうだけど、馬もそうだから。フィジカル面というのは、ひと昔前に比べたら、考え方や調教方法、あるいは飼養管理など様々な面で進歩してきている。ただ、馬と人は生き物同士なわけで、これからは人馬ともにメンタル面をどうコントロールできるかということが大事になってくると思う。ごめん、話が逸れちゃったかな。
[信]いえ、大丈夫です。と言いながら、話を戻させていただきますと(笑)、同じ言葉でも騎手によって捉え方が全然違ってくるんですよ。例えば『この馬、頼むから行ってほしい』と言った時に、メチャクチャ行く騎手と、まあまあ行く騎手と、出たなりに行く騎手と、本当に様々ですから。こちらとしては、それぞれの癖というか、特徴を理解して接していかないと、失敗してしまいます。
[雄]それはあるよ。騎手によって言い方を変えないと駄目だろうね。
[信]歩様の悪い馬の話をすれば、何でもやってくる騎手には、『危ないと思ったら、止めるんだぞ』と言わないと、どこまでもやってしまいますからね。レース後に騎手の人と話していて、「あれは言わなきゃ良かった」とか「このひと言を言っておけば良かった」とすごく思わせられます。
[雄]それが分かるだけでも十分というか、実は大切なことだよ。こちらとしても、そう思ってもらえているとやりやすいしね。
[信]西田さんと仕事をした時も、最初はどう話して良いのか、ブッチャけ分からなかったですから。どう言ったらどうなる、というのが読めなかった。
[雄]基本的に、頼まれたら断れないタイプね。
[信]いや、タイプでいうと指示に忠実に乗ってくるタイプと思うんですけど。
[雄]状況にもよるし、ブッチャけ人にもよる。指示通りに乗らないと次がないという人なら、多少消極的な乗り方だとしても指示を守る。だけど、指示を出しても結果を重んじる人なら、その状況の中で判断して、指示とは違う乗り方をしたりもするね。そこは自分なりにも見ているよ。
[信]人の心の駆け引きという部分が、とても大きかったりするんですよね。
[雄]その通り。生意気に聞こえるかもしれないけど、厩務員さんたちに話すことがあるんだよね。厩務員さんたちも人間ですから、騎手の好き嫌いがあるのは分かる。ただ、それを競馬前に出すのはプロじゃないって。『こいつに乗せたくねぇな』と思っても、『しっかり乗ってこい』、あるいは若い子ならば『もしヘグっても、次また一緒に頼んでやるから』という、その言い方ひとつで余裕が生まれたりするし、競馬に挑む気持ちが違ってくる。
[信]そう、そうなんですよね。
[雄]何か言いたければ、レースが終わってから言うべき。返し馬とかで、あからさまに嫌悪感を出されると、結果にも影響が出ると思うよ。
[信]そうなんですよ。レース前とかにいろいろ言うことはマイナスにはなっても、あまりプラスにはならないように思いますね。
[雄]メンタル的な部分って大事だよ。この乗り役は、こういう言い方をすれば結果が出せるタイプであるとか、人それぞれの特徴を把握して、変えていくようにしたらもっと良くなると思う。馬のタイプに合わせることももちろん大切だけど、ノブが言う騎手のメンタルという部分も大きい。
[信]逆に、『お前じゃなぁ、駄目だろうから』と言った方が燃えるタイプというのもいるはずですよね。
[雄]そういうタイプも絶対にいるからね。
[信]鞍を置いて、競馬に送り出すまでの間のやり取りが、実は勝負の分かれ目というケースがあると痛感しました。
[雄]そこをコントロールできるようになったら凄いし、実はそこの差が大きいのかもしれないよ。人間の緊張を解いてあげることが、馬の緊張を解くことにつながる可能性は低くないわけだからね。
[信]そもそも、競馬に行ってしまったら、追い切りはやっているし、飼い葉が云々ということもないわけで、ある意味、人間が何かできることと言えば、そういう部分しかなかったりしますしね。
[雄]そうだね。でも、上手い乗り役の人って、仕掛けるタイミングまでの持っていく方法というか、負担が少ないと感じる。
[信]あっ、そうですか。
[雄]跨って、ゲートに入る前、入ってから、そしてゲートを出る。そこで不正駆け足で出て、そこから正手前にするまでの秒数の短さというのは、(武)豊さんなんかは物凄く長けていると思う。コンマ何秒という差かもしれないけど、馬に対する負担は変わってくる。ただ、野球の走行守別になっている五角形とかのグラフじゃないけど、一流の人は面積が広い。どこが良いじゃなく、どこも良いわけですよ。でも、俺はそこまで追い付かないのは分かっている。だからと言って、そこで面積が小さいだけじゃ生き残れない。どこかが突出していれば、買ってくれる人もいるということですよ。
[信]いやぁ、勉強になります。本当はもっとお話をしたいのですが、そろそろ引き揚げないと、明日の朝、辛くなりそうです(笑)。
[雄]あっ、もうこんな時間なんだ。
[信]これからもよろしくお願いいたします。2回目も大歓迎ですから。
[雄]こちらこそ。
[信]これからも、西田雄一郎だぁという存在感を楽しみにしています。
[雄]頑張ります!
いかがでしたでしょうか。
失礼な言い方ですが、一見目立つタイプじゃないように見せる西田さんですが、『らしさ』を持った個性的な方であると僕自身もこの対談で知ることができました。
また、騎手を一度辞めた件についても実にサッパリと、この対談の売りでもあるブッチャけで話していただきまして、僕自身としては素晴らしい対談になったと感じています。
西田さんは間違いなく新しい感覚の持ち主でしょう。僕自身、そういう考え方もできるよなぁ、と思わせられることがいくつもありました。また機会がありましたら、ぜひ西田さんと話をさせていただきたいと思います。
さて、次回の対談のゲストですが、「タナパク」こと田中博康騎手になります。実は、競馬学校時代の同期で、まだあどけない博康をよく知っているので、いろいろ突っ込んでみたいなぁと思っております。
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