可能性を信じ、それをやり遂げた表情には胸を打つものがある
文/浅田知広

ふとしたときに、ふとした馬の好走を予感することはあるものだ。今回の
エリザベス女王杯、その
「ふとした馬」は……、こう書き始める以上、もちろんそれは
クィーンスプマンテだった。
49kgの軽ハンデとはいえ、2走前の
みなみ北海道Sは大逃げからタイ・レコードでの逃げ切り勝ち。そして、前走の
京都大賞典は牡馬相手に別定55kgを背負い、残り200mの地点ではまだ後続に3馬身ほどのリードを取って先頭だった。
もちろん、2400m戦(京都大賞典)の2200m通過地点と、2200m戦(エリザベス女王杯)のゴール地点は
「同じ2200m」というだけで、後続の動きなどは違うもの。しかし、
京都大賞典は
テイエムプリキュアがハナを切ったのに対し、今度は
クィーンスプマンテの陣営から逃げ宣言。
テイエムプリキュアとは枠順の差もあるだけに、
行く気になれば理想通りにハナを切れるのではないか、そうなれば無理な競り合いまでは演じないだろう、というくらいの想像はつく。
さらに、このレースの各馬の
「目標」は前ではなく後ろ。
ブエナビスタをいかにして負かすか、あるいは実力不足で勝てないと踏んでいても、いかにして
「着」を拾えるか。マイペースで逃げることがそのまま勝利、あるいは好走に繋がる
クィーンスプマンテに比べると、自分の競馬に徹し切れない部分があるに違いない。そう考えると、
クィーンスプマンテの
「勝ちパターン」も見えてくる。
などと書くと、ズバリ大万馬券的中なのか、という話になるが、さすがにそううまい話はないもので。事前予想の段階で
クィーンスプマンテは△の2番手。勝ちパターンが想像できることと、その勝ちパターンが現実のものとなることとは別なのだ。別だったはずなのだが……。
前半から
クィーンスプマンテ、
テイエムプリキュアの2頭が後方馬群を引き離すのは予想通り。ところが、向正面、坂の上り。画面に表示された1000m通過の参考タイムは
「1.00.5」。目視での1200m通過は
1分12秒台(レース後の発表では72秒7)。この間の200mは
12秒2と緩んでこそいないものの、さらに後続との差を開いていったのだ。
さすがにこの時点で
「行っちゃうんじゃないの?」と思ったものの、坂の下りにかかってもまだまだリードは開く。その後、後続で真っ先に動いたのは
「目標」の
ブエナビスタ自身だったのだが、いくら
ブエナビスタといえど、すでに手遅れと言える差がついていた。
クィーンスプマンテのラスト1ハロンは
12秒9。最後に
「歩いた」あたりは、大逃げからの逃げ切り勝ちらしさはあっただろうか。しかし、そのラップは道中12秒台前半の連続で、前半ハイペース→中盤ひと息→後半スパート、という「大逃げからの典型的な逃げ切り」ではなく、
自分のペースで淡々とレースを作っての逃げ切り勝ちだ。
そこには、後続の動きが遅かったこと、2番手追走の
テイエムプリキュアが無理に競りかけなかったことなど、さまざまな巡り合わせもある。ただ、そんな巡り合わせから勝利を引き寄せたのは、
田中博康騎手の手綱捌き、
クィーンスプマンテの全力を引き出す騎乗だったのは言うまでもない。
勝ちパターンを想像しながら
「そりゃねーよ」と否定してしまった筆者と、それを見事現実のものとした
田中博康騎手。一ファンの
「馬券」と若手有望株念願の
「G1初勝利」を並べて語ること自体、大変失礼な話ではあるのだが、可能性を信じ、それをやり遂げたものの表情には、やはり胸を打つものがある。
馬券オヤジの黒々したものを背負いつつ、それを一掃するような爽快なレース運び。この勝利を足がかりとして、今後さらなる飛躍を遂げてくれるに違いない。そして今度は、そんな飛躍の
「おこぼれ」に少しくらいはあずかりたいものである。