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まさしく“時代が生んだヒーロー”と呼べるだろう
文/後藤正俊(ターフライター)

「無事是名馬」の時代が復活

これほど競馬記者もファンも馬券検討に悩み抜いた有馬記念は、過去になかったのではないだろうか。天皇賞・秋の上位5頭が1頭も出走していない。ジャパンCの上位4頭もいない。昨年の①&②着馬もいないし、6年連続で優勝していてもっとも充実した時期を迎えているはずの4歳馬が1頭もいない。

一応は桜花賞、オークスの牝馬2冠を制したブエナビスタが1番人気になったが、牝馬が有馬記念を勝ったのは、昨年のダイワスカーレットが1971年のトウメイ以来31年ぶりの出来事だった。

「3歳牝馬」となると、1960年のスターロッチまで遡らなければならない。滅多に起きることではないのに、2年連続で牝馬が優勝するというシーンもなかなか想像できない。しかもブエナビスタの場合、秋の3走は②③③着と勝ち切れておらず、春ほどの絶対的な存在ではなくなっていた。

07年の覇者マツリダゴッホは前走の天皇賞・秋が⑰着。菊花賞馬スリーロールスは当時8番人気の伏兵だったし、良血フォゲッタブルは前走が重賞初制覇。ダービー②着馬リーチザクラウンも掛かり癖が解消していない。G1・2勝でもやや地味な印象を受けるドリームジャーニーも含め、帯に短し襷に長し、と思われた。

ところが、ドリームジャーニーは想像以上に完璧な強さを見せた。スタートこそやや後手を踏んだが、後方でじっくりと折り合い、3~4角では馬なりのまま進出する。この時点で③着エアシェイディに騎乗していた後藤騎手が「勝つのはドリームジャーニー。何とかついていかなければ」と思ったほどの抜群の手応えを見せていた。②着ブエナビスタとは半馬身差だったが、どうやっても逆転不可能と思える半馬身で、グランプリホースにふさわしい横綱相撲だった。

09年の年度代表馬はG1・3勝を挙げた女傑ウオッカが濃厚だろうが、毎日王冠、天皇賞・秋でウオッカに完勝したのは8歳馬で、これまで故障なく走り続けてきたカンパニーだった。父ミラクルアドマイヤは現役時代1勝で、血統は地味だが、兄弟はみんな丈夫で競走寿命が長い。派手さはなくても丈夫なので着実に力をつけて、遂に歴史的名牝を破ってG1制覇を果たした「無事是名馬」の典型だった。

ドリームジャーニーもよく似ている。父ステイゴールドはデビューから50戦目にして、しかも海外で初G1制覇を成し遂げた努力の馬。サンデーサイレンス産駒というイメージからは程遠いタイプの名馬だった。

母の父は古き良き日本競馬を思わせる歴史的名ステイヤー・メジロマックイーン。奥手ステイヤー同士の配合は、普通は考えられない組み合わせだった。しかもドリームジャーニーは父に似て、牡馬なのに420kg台の小柄な馬体。2歳王者になっても、春のグランプリを制していても、堂々と主役を張るタイプではなかった。

だが、スターホースたちが故障などで相次いで戦線離脱をしていく中、ドリームジャーニーは故障なくレースを走り続けた。重賞は2歳時1勝、3歳時1勝、4歳時2勝と積み重ねて、5歳時はG1・2勝を含む3勝目を挙げて完全に花開いた。地味な生い立ちから確実に、確実に成長して、遂に頂点に立った姿は、カンパニーとダブる部分がある。

サンデーサイレンスという特殊な種牡馬がいた競馬バブル期には、極めて高い素質を持った馬がデビューから勝ちまくり、種牡馬、繁殖牝馬になるために早くにターフを去って行くのが、日本競馬のスタイルだった。だが、サンデーサイレンスがいなくなり、バブルがはじけ、未曾有の不況に襲われているいまの日本競馬は違う。

菊池寛が「無事是名馬」と評した戦後混乱期と同様に、社会全体が安定感を何よりも求めている時代。厳しいトレーニングに耐え抜き、丈夫に走り続け、地道に成長を続けていく馬こそが、時代の要求する名馬の条件なのだ。その意味で、ドリームジャーニーはまさしく“時代が生んだヒーロー”と呼べるだろう。