ヴィクトワールピサは間違いなく、相当に奥が深い
文/石田敏徳
弥生賞にスプリングSに若葉S。皐月賞の3つのトライアルレースの中で、
「王道」的なイメージが強いのは
弥生賞だが、この弥生賞はむしろ、
ダービーとの結びつきが深いレースである。
弥生賞で圧倒的な勝ち方をした馬が1番人気の支持を集めた皐月賞でコロリと負け、しかしダービーで巻き返すというのは典型的とも言えるパターンのひとつ。昨年の
ロジユニヴァースがそうだったし、古くは98年の
スペシャルウィーク、さらに93年の
ウイニングチケットなんて例もある。
そうした前例を思い出しながら、私は弥生賞の直後、
「本番(皐月賞)のヴィクトワールピサには逆らってみる手かなあ」と考えていた。先に抜け出した
エイシンアポロンを、あしらうようにして交わした弥生賞の勝ちっぷりは確かに強かった。
「瞬発力よりも持久力に長けたタイプ」との印象が濃かった2歳時に比べ、馬群に開いたわずかなスペースを割る脚の速さ、鋭さにも、はっきりとした成長の跡が感じられた。
ただそうは言っても、降りしきる雨の中、重のコンディション(それも感覚としては不良に近い重馬場だった)で争われた弥生賞で記録した自身の上がりタイムは
36秒1に過ぎず、実際の数字以上に“見た目が鋭く”映った可能性も否定できなかった。
やはり、皐月賞よりはダービー向きと思えるタイプだし、なのでパンパンの良馬場に舞台が変われば、スピード能力に長けた馬を捕えきれなかったり、瞬発力に秀でた馬にキレ負けを喰らう場面も十分に考えられると、皮算用をはじいていたわけである。
そんな思惑に迷いが生じたのは、開催が進むにつれて
「今年の皐月賞はまず、時計勝負にはならない」と分かってきたからだ。開幕週の中山記念が数年に一度と思えるレベルの不良馬場、翌週の弥生賞も不良に近い重馬場と、雨に祟られて幕を開けた今春の中山開催は、その後も天候に恵まれなかった。
私は中山競馬場の近所に住んでいるのでよく分かるが、
「金曜日に雨が降って開催日に突入」というパターンも多かった。ちなみに、マイネルキッツが差し切った日経賞(稍重)、ショウワモダンが制したダービー卿CT(良)の勝ちタイムはともに、最近5年間ではいちばん遅い時計である。
1週前に行われたニュージーランドTで目を疑うような好時計(1分32秒9)が飛び出し、だいぶ持ち直したように思えたのも束の間、皐月賞前日の明け方には雪混じりの雨が降り、中山の芝コースは再びたっぷりとした水分を含んだ。
レースの当日は好天に恵まれ、馬場状態も稍重にまで回復したものの、イメージとしては
「少し時計のかかる良馬場」で、
ヴィクトワールピサにとってはまさにおあつらえ向きの舞台となった感があった。
それでも、初志を貫徹して
アリゼオ(スプリングSのように前、前で運んでの押し切りに期待)と
ヒルノダムール(こちらはルーラーシップをなで斬りにした若駒Sの再現に期待)を①着に固定し、あれこれと穴馬券を買い漁った私だが、素直に認めます。完敗でした。
ヴィクトワールピサが演じたパフォーマンスは、
“たとえパンパンの良馬場が舞台でも”と思わせるほどの威厳に満ちていた。
トライアンフマーチに騎乗した前日のマイラーズCでは②着に惜敗。皐月賞のひとつ前の京葉Sではスタート直後に落馬と、決して“いい流れ”とは言えない中で皐月賞を迎えた
岩田騎手だが、レース運びは冷静沈着だった。
当日の騎乗を通じて、
「馬場の内側は荒れているけど、中から外よりは乾いている」ことを見て取っていた彼は、7枠13番のスタートポジションからゲートを飛び出した後、迷わず馬場の内目へ馬を導いていき、1コーナーを回る時には早くも後方馬群の最内に収まっていた。
向正面に入るとそのままイン狙いに徹して徐々にポジションを上げ、
「ギヤをサードに入れた状態」で迎えた直線では、馬群の内目に開いた狭いスペースを突いて鋭く抜け出した。
確かな力量を持つ馬がロスのかけらもなく、スムーズにレースを運んだのだから、快勝という結果に至ったのは当然と言うべきか。
馬群の外、外を回らされる形となった
ヒルノダムールとの勝負付けは、まだ済んでいないとの見方も成り立つ。少し時計のかかる良馬場からパンパンの高速馬場に舞台が変われば、
ローズキングダムだって巻き返してくるだろう。
とはいえ、
ヴィクトワールピサが繰り出したキレ味は、実際の数字(自身の上がりタイムは35秒2)以上に“鋭く”映った。しかも
「まだお腹がボテッとしているし、目一杯には仕上げていない」(角居調教師)状況でこのパフォーマンスである。派手に勝つタイプではないけど、この馬は間違いなく、相当に奥が深い。
ちなみに、グレード制が導入された84年以降、弥生賞と皐月賞をともに1番人気で連勝した馬は
アグネスタキオンと
ディープインパクトのみ。
ヴィクトワールピサにとって今回の皐月賞は、ダービーに向けてというより、
「歴史に名を刻むような名馬」に向けての一歩を踏み出したレースになるのかもしれない。