ゴールまでの3分15秒間、最後まで手に汗握った
文/鈴木正(スポーツニッポン)
G1ホースが、たったの1頭(
マイネルキッツ)。戦前はレベルを疑問視された
天皇賞・春だったが、終わってみれば、さすが伝統の古馬頂上決戦。至るところに見せ場があり、ゴールまでの3分15秒間、一瞬たりとも目が離せない好勝負だった。
勝った
ジャガーメイル、鞍上の
クレイグ・ウィリアムズ騎手の騎乗ぶりは見事のひと言に尽きる。道中は中団9番手付近。3コーナー過ぎの下りで気合を乗せつつポジションを上げ、4コーナーでは5番手の外。
マイネルキッツ・
松岡騎手が先に抜け出しても慌てる様子はなく、ここぞのタイミングで追い出して、しっかり差し切った。
テレビ解説の岡部幸雄氏が
「長距離戦は騎手の手腕がポイントだが、非常に落ち着いていて見事だった」と感服するベスト騎乗。85年シンボリルドルフなど、天皇賞・春4勝の名手が認めたのだから価値がある。京都芝3200mでの騎乗は、もちろんこれが初めて。それでこの超絶パフォーマンスだから恐れ入る。
蛇足ながら、続く
端午Sも快ピッチで飛ばす先行集団を見ながら進む絶妙の位置どりから、
バトードールを快勝に導いた。ペースを読む力、決して慌てぬ優れたメンタル、そして力強い追いっぷり。これまで日本ではさほど知られていなかったウィリアムズ騎手だが、
騎手に必要なセンスのすべてが最高レベルにあると、日本のファンも納得したに違いない。
ジャガーメイルもまた、世界にその名を大きくアピールした。ここ2年の香港ヴァーズで③着、④着と、海外でも通用するレベルの高さを示してはいたが、日本最高クラスの一戦を制したことで、あらためて能力の高さを見せつけた。
「これが初重賞制覇なんて信じられないね」との
ウィリアムズ騎手の言葉は本音だろう。メンバー中、ただ1頭、上がり3Fで33秒台を叩き出した末脚は素晴らしかった。
高松宮記念(キンシャサノキセキ)に続くG1制覇の美酒に酔った
堀師。外国人騎手を積極的に起用するが、とくに
ジャガーメイルでは徹底している。出走取消のダイヤモンドSを含む、ここ5戦の鞍上は
スミヨン、
スミヨン、
ルメール、
ルメール、
ウィリアムズ。賛否両論あろうが、筆者は
「あり」と考える。
外国人騎手が乗ることで、まず、
日本人騎手からは得られないアドバイスを手にできる。さらに、
ここ一番でライバル馬の騎手に癖、特徴を知られていないというメリットも大きい。
ジャガーメイルに騎乗経験のある日本人騎手は
石橋脩騎手、
藤岡佑騎手、
安藤勝騎手の、たった3人。このうち、今回の天皇賞に乗っていたのは
安藤勝だけだ。ライバルに手の内を知られていないことは、すなわちマークが薄くなることであり、勝つ確率の上昇に直結する。
そして、海外に遠征した際もスムーズ。過去に乗ったことがある騎手が乗れば簡単。たとえ過去に騎乗した騎手が乗れなくても、その騎手が現地の腕達者な騎手を紹介してくれる可能性があり、そこでまた新たな才能との出会いがあるかもしれない。
レース後、
ウィリアムズ騎手は
「メルボルンCで、またコンビを組みたい」と語っていた。これはリップサービスではなく、本音の言葉に思えた。
デルタブルース、
ポップロックがワンツーを決めたこともあるように、
ウィリアムズ騎手自身も日本馬の強さは肌で知っている。当然、本音だったであろうし、日本を親身に感じてくれているようで、うれしい言葉だ。
日本人騎手も頑張った。②着の
マイネルキッツ・
松岡騎手。4コーナーで一気にスピードを上げ、後続を引き離しにかかったギャンブル・プレーには本当にドキドキした。昨年の2番枠から一転、今年は8枠16番からのスタート。それでもロスを感じさせない騎乗ぶりは見事だった。
③着は16番人気の
メイショウドンタク。この大事な一戦に初めてブリンカーを装着した陣営、4コーナー手前の下りで、馬を信じ切ったかのようにポジションを上げた
武幸騎手は、素晴らしい決断力だった。思えば本田師も騎手時代は、大一番での一瞬の好判断が光った。調教師としても、その一面が見えたことは、うれしい。
最後まで手に汗握った天皇賞・春。メンバーの実力が接近した、混戦ならではの面白さがあった。