実はダンスインザモアは、無類の福島巧者だったのかもしれない
文/編集部
「驚き」にも
2種類あると思うんですよね。出来事が起こった直後は驚くものの、その後になってみると、
「まあ、合点がいく」というものと、後になってみても
「いまだに信じられない」という類のものと。
例えば、
還暦を迎えても
時速130km以上のスピードボールを投げ込む
村田兆治さんの姿を目の当たりにしたら、驚きはするものの、
「やっぱり“超人トレーニング”をされているからなあ」と合点がいくのだと思う。
しかし、その
村田兆治さんが時速130kmのスピードボールを、
打席に立ってホームランを打ったりしたら、後になっても
「いまだに信じられない」と思うんじゃないだろうか。まあ、
村田兆治さんなら可能な気がしないでもありませんが(笑)。
単勝12番人気の
ダンスインザモアが大外を回りながら全馬を交わしきった姿を見た時は、そりゃあもう、馬番と勝負服を
二度見しちゃうくらい驚いた。しかも、後になってその成績をひっくり返してみても、
「いまだに信じられない」思いが残っている。
JRA最長となる
5年8ヵ月ぶりの重賞制覇はさておき、そもそも
ダンスインザモアは
芝2000mが未勝利だった。
3歳1月の
寒竹賞(中山芝2000m)が
④着、
皐月賞(中山芝2000m)が
⑧着、4歳時の
中山金杯(中山芝2000m)が
⑨着、5歳時の
新潟大賞典(新潟芝2000m)が
④着、昨年の
アイルランドT(東京芝2000m)が
⑩着。
3歳時の
スプリングS(中山芝1800m)
①着も含めて、これまでの4勝、いや、馬券圏内に入った6戦がすべて
1800m以下だったのだから、普通に考えれば
「2000mは長い」と思うもの。
これが4歳馬や5歳馬なら、「ズブくなったいまならこの距離もこなすかも」という考えが浮かぶ可能性もあるが、
ダンスインザモアは
8歳馬である。ここで新境地を見せるとは……さすがに想像の域を超えていた。
福島記念の歴史を振り返ってみても、2年以上勝ち鞍を挙げられていなかった馬が勝つのは、非常に珍しい。
86年以降の
優勝馬24頭のうち、
同年に勝ち鞍がなかったのは4頭だけで、そのうち
2頭は
軽ハンデの3歳馬だった(92年
アラシ、93年
ペガサス)。
残りの2頭は、88年の
レイクブラック(当時5歳、ハンデ54kg)と01年の
ミヤギロドリゴ(当時7歳、ハンデ53kg)で、この2頭はともに
福島芝での勝ち鞍があった。中でも
ミヤギロドリゴは、小回りの福島で
マクり差しを決めるのを得意としていて、同年の
七夕賞では
③着に食い込んでいた。
同年の勝ち鞍がなくて
福島記念を制するのは、
卓越した福島巧者にだけ可能な技。そう思っていた。
ダンスインザモアは07年1月の
ニューイヤーSを制した後は勝ち鞍がなく、福島でも勝利を挙げたことがなかった。というか、
福島競馬場のレースに出走すること自体、今回が初めてだった。
七夕賞や
福島記念が行われている時期、
ダンスインザモアは何をしていたのか、振り返ってみた。
まず、
七夕賞が行われる
7月は、福島競馬場に限らず、出走歴がない。毎年、7~9月は休養していて、もしかしたら夏は体調が合わないタイプなのかも。
では、秋はどうかというと、東京での
富士Sに3、4、7、8歳時と
4回出走していて、6歳時は
キャピタルSに参戦している。
福島芝2000mよりも、
東京芝1400~1600mの方が適性があると考えられていたのだろう。
しかし、今回の完勝劇を目の当たりにすれば、答えは
明白だろう。
実はダンスインザモアは、無類の福島巧者だったのかもしれない。
ダンスインザモアの馬主である
木浪巌氏には、
スプリングSを勝った後に話を伺ったことがあり、その際、命名の理由を
「父であるダンスインザダークを超えられるように」と話されていた。
ダンスインザダークは3歳秋の
菊花賞制覇がラストランになってしまい、引退したわけだが、その産駒は高齢まで活躍することが多く、
ファストタテヤマは
8歳春の
大阪-ハンブルクCを勝ち、
ジョリーダンスも
8歳春に
阪神牝馬Sで優勝。
ダンスアジョイは
8歳夏の
小倉記念で重賞初制覇を成し遂げている。
しかし、調べてみると、
8歳秋にJRAの平地戦で優勝したのは
ウインプレジールがいるだけで(06年10月に東京ダ1300mの1000万戦を勝利している)、
ダンスインザモアはこれを超えたことになる。
障害競走では、
ナイトフライヤーが
9歳4月に未勝利戦を勝っていて、これがJRAにおける
ダンスインザダーク産駒の
最年長優勝記録になっている。
ダンスインザモアは、父を超えたとまではまだ言えないだろうが、少なくとも
種牡馬としての父の可能性の高さ、奥の深さを証明したと言えるだろう。
高齢でも活躍馬の多い
ダンスインザダーク産駒で、
福島でのマクり差しが得意。
ダンスインザモアはそんな評価を得た。来年の
福島記念に出走して、そこで勝利を収めたら……その時は
「合点がいく」驚きになるような気がする。