この父系らしく、オルフェーヴルは着実に進化していたのだろう
文/編集部(W)、写真/森鷹史
当初の予定から1週後ろへスライドし、中山から阪神に舞台を移して行われた今年の
スプリングS。
皐月賞の重要ステップレースらしく、
豪華なメンバーが揃うこととなった。
1番人気(4.7倍)は
オルフェーヴル、2番人気(5.2倍)は
リベルタス、3番人気(5.5倍)は
リフトザウイングス、4番人気(5.5倍)は
ベルシャザール、5番人気(6.1倍)は
グランプリボスで、OPの芝で
連対実績のあった7頭のうちの5頭が4.7~6.1倍の間にひしめく
団子状態。
86年以降、
スプリングSで1番人気の単勝オッズが4倍を超えたのは今年が初めてで、3倍台だった1番人気の成績は
[0.0.1.5]。レースの発走前にこのデータを見た瞬間、
「オッズが割れて上位大混戦の状況だと、1番人気はなかなか勝てないんだなぁ。大丈夫かなぁ」と思った。
ところが、そんなこちらの
心配など
どこ吹く風。1番人気の
オルフェーヴルはいつものように中団から後方寄りのポジションで折り合いに専念し、4コーナーで外から手応え良く進出。直線入口で
左ムチが入った直後、内に少し切れ込んだが、その後はまっすぐ走り続ける。
4角先頭から押し切りを図る
グランプリボスを捕え、間から脚を伸ばしてきた
ベルシャザールの追撃を3/4馬身差で振り切り、最後は余裕を感じさせつつ
先頭でゴールを駆け抜けた。
G1・3勝の全兄
ドリームジャーニーを彷彿とさせた豪脚は
上がり34秒3。これでキャリア6戦目で早くも5回目となる
メンバー中最速の上がりを計時し、
ライバルたちを一蹴してみせた。
「良いペースで流れている」と感じたペースは、前半4F-後半4Fが47.0-46.9でほぼ同じ(勝ち時計は1分46秒4)。
オルフェーヴルにとって折り合いがつけやすい流れだったと思われたが、レース後の
池添騎手の話を聞いてみると、それだけではなかったのだろう。
「もともと掛かるところがあって折り合い面が心配だったんですけど、今日はスムーズに折り合いがついて良いリズムで走ってくれました。普段の調教とレースでひとつひとつ教えてきたことが身になってきているのかなと感じました」
出遅れ、道中で掛かって後方ままだった
京王杯2歳S(⑩着)では、気性面での
若さを露呈することになった。その後、
シンザン記念も
きさらぎ賞も先行馬が残る展開だったが、後方で折り合いに専念し、結果、差し切れず②着、③着と
惜敗に終わった。
新馬勝ちしたのは昨年8月で、その後は
勝ち切れないレースが続く。だが、
オルフェーヴルは敗戦を重ねながらも、デビューからずっと手綱を取っている
池添騎手、
厩舎スタッフなどに支えられながら
着実に進化していたのだろう。
スプリングSはその成果が結果に繋がった、ということのように思えた。
考えてみれば
ドリームジャーニーもそう。
G1初制覇は2歳12月の
朝日杯FSだったが、次の
G1勝ちは5歳6月の
宝塚記念、
3勝目は5歳12月の
有馬記念だった。
朝日杯FSと
宝塚記念の間には12回の敗戦があり、そのうち9回は
④着以下に敗れていた。09年の
有馬記念で
ブエナビスタを差し切った、あの強い
ドリームジャーニーにも、いま思えば、そういった
覚醒までの充電期間があったような気がするし、
オルフェーヴルも似たタイプなのかもしれない。
敗戦をバネにしてレベルアップしていく。
凱旋門賞で②着だった
ナカヤマフェスタにもそういった雰囲気を感じるし、この傾向は父のステイゴールドから継承される
「ステイゴールド産駒らしさ」の一端のように思えてならない。
そうは言っても、
ドリームジャーニーは牡馬三冠で
皐月賞⑧着、
ダービー⑤着、
菊花賞⑤着と無冠に終わったが、弟
オルフェーヴルが同じ足跡を辿るとは限らない。
オルフェーヴルの
末脚には、混戦と囁かれる今年の牡馬クラシック戦線から突き抜けるだけの
破壊力があると思うから。
まずは4月24日の
皐月賞。舞台は中山から東京へ移り、さらに京都という可能性も残しているが、すでに新潟、中山、京都、阪神と4つの
競馬場で
メンバー中最速の上がりを繰り出している
オルフェーヴルにとって、舞台設定は二の次か。折り合い面に進境を見せ、成長を感じさせた
オルフェーヴルの次走が楽しみだ。