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産駒の“殻”を突き破った、新たな「代表産駒」が誕生した
文/石田敏徳、写真/森鷹史

少しでも血統を意識して馬券を買うプレイヤーなら誰だって、サクラバクシンオー産駒“お世話”になったことがあるはずだ。距離は1200か1400、コースは平坦。調教だけでは仕上がりきらない大型馬を、実戦を使いながら仕上げているような場合はともかく、基本的には叩き2戦目より休み明けが狙い目などなど、狙いどころがこれほどはっきりしている印象の種牡馬もそうはいなかった。

そのサクラバクシンオーが先月の30日、繋養先の社台スタリオンステーションで心不全のため急死した。22歳を迎えた今年に入ってからは体調を崩すことが多くなり、種付けも休みがちだった模様。それでもこれまでに80頭ほどの牝馬へ交配を済ませ、翌日からの本格的な種付け再開に備えて試験交配をしていた最中の急死だったという。

つまり、最後の最後まで現役だったのだ。ぶっちゃけると、競走時代の馬券的相性は最悪だった(通算11勝もしているのに、この馬絡みの馬券が当たった記憶が全然ない!)けど、お前の子供にはずいぶん助けてもらったよ。こっちはまだしばらく“お世話に”なるつもりだけど、これからゆっくり休んでおくれ。

で、訃報を聞いてから初めて気がついたのだが、サクラバクシンオーの後継種牡馬がほとんどいないこと。というか、現時点ではショウナンカンプがほぼ唯一(他にサクラゼウスサブミーカーという種牡馬もいるそうだが)の存在という感じ。コンスタントに重賞ウイナーを送り出してきたイメージがあるから、後継候補ももう少し多いのかと思い込んでました。

そんなわけでの弔い合戦、そして将来の種牡馬入りを睨んでの“箔づけ”が成るかという観点からも、期待と注目が集まることになったNHKマイルカップグランプリボス。まあ、弔い合戦などというのは人間の勝手な投影に過ぎないわけだが、箔付けの重要性については矢作調教師も意識していたようで、「マイルのG1を2勝したとなれば、種牡馬としての評価も大きく変わってきますからね」とのコメントが聞かれた。

中山のマイルでG1(朝日杯FS)を勝った時点ですでに、サクラバクシンオー産駒“殻”を突き破ったといえるグランプリボスだが、加えて府中マイルのG1もとなれば、これまでの産駒より明らかにワンランク上と思える「代表産駒」が誕生することになる。

しかし聞くところによると、府中のマイル戦におけるサクラバクシンオー産駒は1000万勝ちが最高で、準オープン以上のクラスで勝ち星をあげた馬はいなかったという。そんなデータが物語る血の限界に、この馬も跳ね返されてしまわないだろうか……?

と正直、個人的には半信半疑の思いで迎えたレースだったが、はい、まったくの杞憂に過ぎませんでした。

折り合いを欠いたぶん末脚が甘くなって惜敗に終わったスプリングSニュージーランドTと同様、この日も行きたがるところを見せていた道中だが、直線に向いてウイリアムズ騎手がひとムチ入れると、前2戦とは一変した力強い末脚を発揮。直線勝負にかけていたコティリオンの追撃も悠々と抑え込んで、2つめとなる“マイルのG1”をゲットした。

緩みのない流れを掛かり気味に追いかけて、直線勝負にかけていた2着馬の強襲を封じたのだから、非の打ち所がない強い内容。しかも最終追い切りの後、「カイバの食いが落ちていたし、馬が萎んできているような印象で正直、状態は下降気味だった」(矢作調教師)というのだから改めて驚く。

レース前から陣営が表明していた英国・ロイヤルアスコット開催への遠征(セントジェームズパレスS)については、「今月の27日に出国という手筈は整えていますが、そんな状態だったので、レースの反動や疲労の度合いなどをよく観察してから判断したい」とのこと。ただいずれにしても、これまでのサクラバクシンオー産駒に指摘されてきた限界を突き破った、新たな「代表産駒」が誕生したことは確かで、今後への期待も大きく膨らむ。

蛇足的に書くのは少し気が引けるけれど、矢作調教師「金曜日に親友の奥さんが亡くなったのに、レースがあるのでお通夜にも告別式にも行けなかった」という。つまり、グランプリボスは将来の種牡馬入りを睨んでの箔付けを果たしたばかりでなく、見事、トレーナーの弔い合戦にも勝利してくれたのだった。