“肝っ玉の太さ”が明暗を分けたレースだったといえるかも
文/石田敏徳、写真/森鷹史
「そこの人、上にあがってくださ~い!」
ガランとした中山競馬場の構内に
JRA職員のそんな大声が響き渡ったのは、火曜(9月27日)朝の調教時だった。
スプリンターズSに出走する3頭の外国馬が揃って追いきられるうえ、調教が終わった後には共同記者会見も行われるとあって、この日の中山競馬場には私のような野次馬も含めて、いつもより多めの
報道陣(といっても数十人程度)がやってきていた。
で、そのうち、2人の
カメラマンがウイナーズサークルに陣取ってカメラを構え、
今年の断然の主役と目されるアジアの超特急こと、
ロケットマンの姿を撮影しようとしていたのだが、これを遠目に見た
ロケットマンが馬場の入り口のところで、ピタリと止まって動かなくなってしまったのだ。
「非常に慎重な性格をしている馬で、知らない場所へ来ると周囲を注意深く観察するところがある」とは
ショー調教師の弁。要するにこのときは、同じ目線のグラウンドフロア(ウイナーズサークル)の人影を、
馬がひどく気にしたというわけだった。
要請を受けた
カメラマンが上の階に移動した後も、
報道陣には
JRAの職員を通じて、
「馬がコースに入っている間は、くれぐれもグラウンドフロアに下りないでください」と念押しがされたぐらいだから、
ロケットマンの慎重な性格は筋金入りといえるようだった。
それを考慮してのものだろう。陣営も入念に
スクーリングを行っていた。なにしろダートコースの内側にある障害コースにまで馬を入れて、馬場を見せていたほどである。
しかし慎重な性格とは、言葉をかえれば
臆病ということでもある。そんなことで大観衆が詰め掛けるG1レース当日の熱気のなか、本来の力を発揮できるのかと疑問に思った私が、共同会見で
ショー調教師に
「海外遠征のときはいつもこんな感じなのか?」と尋ねてみたところ、返ってきた答えが
先のコメントである。
ただし
トレーナーによれば
「(スクーリングをしておけば)馬が納得するから大丈夫。慎重な性格について、我々はこの馬の賢さの表れだと思っている」とのことだった。
いわれてみれば確かに、ドバイや香港への遠征でも結果を出しているわけだし、今さら日本の大観衆を気にして力を出し切れないなんてことはないはず。ならばやっぱり、
ワールドサラブレッドランキングの短距離部門で
世界第2位(1位はオーストラリアのブラックキャヴィア)に評価されている実力を素直に信頼する手だよなあと
“納得”した私なのだが……。
ううむ、
アジアの超特急が見せていた
付け入る隙を目の当たりにしていただけに、終わってみるとちょっと悔しい。
レースのポイントとなった場面は
4コーナーの勝負どころだった。好位を進んできた
ロケットマンの
コーツィー騎手が外へ馬を持ち出そうとしたところ、
エーシンヴァーゴウの
福永祐一騎手がフタをするようにこれをブロック。
外から被されたことで
“慎重な性格”をした馬は萎縮したのか、直線に向いても
ロケットマンの
エンジンに火はつかずに終わり、④着に敗れたレースの後、
ショー調教師は
「外の馬に寄られ、これからというときに控えざるを得なかったため、本来の力を出し切れなかった」と敗戦の弁を述べた。
そして
件の4コーナー、
福永騎手と
コーツィー騎手の攻防を、直後でしめしめといわんばかりに眺めていたのが
カレンチャンの
池添謙一騎手だった。
「福永先輩が内を締めて回ってくれたので“ヨシッ!”と思いました。僕もあの馬(ロケットマン)を外に出さないよう、しっかりと意識してコーナーを回りました」あとは好位グループの直後でスムーズに流れに乗りながら、十分に温存してきたスピードを解き放つだけ。力強い脚色で直線の急坂を駆け上がり、
カレンチャンは
G1のゴールへ飛び込んだ。
着差以上の強さを感じさせたパフォーマンスはまさに
“完勝”といえるもの。重賞3連勝中といっても、所詮は
牝馬限定戦と
夏のローカル重賞だし……と、レースの前はすっかり
軽視していた私だが、いやいや、恐れ入りました。
ちなみに管理トレーナーの
安田隆行調教師によると、
カレンチャンは
「牝馬とは思えないぐらいカイ食いがいいし、栗東の馬房ではよく、人目も気にせずにゴロンと横になって寝ている」馬なんだとか。
鳴り物入りの評判と実績のわりに
小心な一面も秘めていた
アジアの超特急とは好対照な性格で、ある意味、
“肝っ玉の太さ”が明暗を分けたレースだったといえるかもしれない。