その底力を改めて思い知らされる、すばらしいラスト1Fの走りだった
文/浅田知広、写真/川井博
そういえば、今年の
フェブラリーSでは
芝からのスタートがどうなんだ、とか、
1600mへの短縮って良くないんじゃないのか、なんてことが話題になってたよなあ。もうスタート直後から
トランセンドが負ける形を想定して、この原稿をどう書こうか、頭の中にいろいろな要素が浮かんできたりしていたのだが……。
失礼しました、
トランセンド様。いや、強かった。
さて、その
トランセンド。今回と同じ東京1600mの
フェブラリーSでも1番人気は1番人気だったのだが、単勝オッズは
3.5倍。今回は
1.6倍と半分以下になった理由といえば、もちろん
ドバイでの
②着好走もあったと思うが、なにより、
すでにこのコースで結果を出していた、というのが大きかったのではないだろうか。
やはり同じ東京1600mだった一昨年の
武蔵野Sでは、芝からのスタートでダッシュひと息。そして1600mになったためか、それとも先行できなかったためなのか、道中の行きっぷりもいまひとつで
⑥着に敗退。それが冒頭に触れた
フェブラリーSで
不安材料になっていた。
しかし、いざゲートが開くと、楽に先手を奪って
逃げ切り勝ち。これでコースへの
不安を払拭し、さらに
ドバイでも
②着と激走を見せたとなれば、
今回1.6倍になったのもうなずけるところだ。
だが、やっぱり距離も芝スタートも
不安は
不安だったのか、という今回のスタートである。馬なりでハナを窺った
ダノンカモンや、その外から少々押っつけながらでも二の脚で交わしていった
エスポワールシチーと、かなり気合いを入れてようやく2番手を確保した
トランセンドとの
行き脚の差は明らかだった。
改めて
フェブラリーSの
VTRを見直すと、ハナには行ったものの、ちょっと重心が高くスピードに乗り切れなかったり、芝の切れ目で飛び上がっていたり。ほかにもう少し
速い馬が居たら逃げられなかったんじゃないのか、という競馬ではあった。
実際、
フェブラリーSは前半3ハロンが12秒6-11秒2-11秒9の
35秒7。そして今回は12秒0-10秒9-11秒4で
34秒3。
「もう少し速い馬」どころか
「かなり速い馬」がいる展開になり、道中の手応えも少々怪しげとなれば、なにが勝つかはともかく
「トランセンドは負けそうだな」という考えにはなる。
そんな流れを受けての直線。手応え十分の
エスポワールシチー、そして勢い良く差を詰めてくる
ダノンカモンに、大外から
シルクフォーチュン。残り200m手前では、
エスポワールシチーを捕らえられないどころか、
ダノンカモンにもわずかに交わされた上、外の
シルクフォーチュンにも差されるのではないか、という脚色。
「トランセンドは負けそうだな」から
「トランセンド、負けたな」という確信に変わっていた。
ところが、ここからがすごかった。本当にすごかった。
エスポワールシチーを捕らえ、
ダノンカモンも競り落として
見事①着。ラスト2ハロン12秒4-13秒1。数字だけを見て語れば、ほかがバテたのに対し
トランセンドはなんとか踏みとどまった、という話。
逃げた
エスポワールシチーが
いっぱいになり、マイルは少々長いと思われる
ダノンカモンも
ひと伸びを欠いたけれど、
トランセンドは粘った、という話。
しかし、そんなことでは片付けられない、片付けたくはない、この馬の
根性や底力をドバイに続いて改めて思い知らされる、すばらしいラスト1ハロンの走りだった。
「見せましょう、競馬の底力を」「見せましょう、トランセンドの底力を」。そんな声すら聞こえてくる。
この後、来年の
ドバイまで、まだまだ続くダートのG1戦線。初っぱなからこんな厳しい競馬をしてしまって大丈夫か、という
不安も少々あるにはある。しかし、この馬の底力をもってすればきっと、そんなものは軽々乗り越え、また
ドバイで
手に汗握る、熱い走りを見せてくれるに違いない。