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馬の強さも、調教師と騎手との信頼関係もあっぱれ
写真/森鷹史
文/鈴木正(スポーツニッポン)

3冠達成のシーンは東京競馬場で見届けた。ゴールの瞬間、場内から京都競馬場にも負けないほどの拍手が起こったことが素直にうれしかった。

近年、日本人は感動に薄くなったように思っていた。シラケムードが日本全体を覆っていたように感じていた。だが、少なくとも東京競馬場にいた4万2000人のファンは違っていた。強さを称え、素晴らしいものを見たことに感謝していた。競馬はいいものだと、あらためて感じた。

オルフェーヴル、強かった。所属する新聞社の特集号紙上で「ディープインパクト並みの信頼を寄せていい」と多少の勇気をふるって書いたが、その通りの勝ちっぷりを見せてくれた。タイム(3分2秒8)も速く、13秒台がひとつもない引き締まったラップも素晴らしい。

レースレベルの高い菊花賞で2馬身半差の完勝。歴史的名馬のレベルにあることが数字からも証明された。しかも直線を向いてすぐに先頭に立つ横綱相撲。他馬が付け入るスキは一切なかった。

オルフェーヴルの強さは他馬に先んじて脚を使えるところだ。ダービー神戸新聞杯もライバルのエンジンが噴き上がる前に差を広げ、闘志を奪った。菊花賞もそう。

下り坂を利用して勢いをつけ、直線を向いてすぐに「最初の脚」で引き離した。他馬が迫ろうとしたところで再度、「第2の脚」を使って引き離し、安全圏へと逃げ込んだ。驚異の2段ロケット。これでは他馬もお手上げだ。まだ、ライバル騎手のコメントは手元に入ってきていないが、おそらく「正攻法で勝つことは難しい」という言葉が出てくるはずだ。

オルフェーヴル自身の強さだけでなく、調教師騎手との信頼感も見逃せない。池江師はクラシックのはるか前から池添騎手にこう話していたという。

「負けても乗り替わることはない。だから安心してこの馬に競馬を教えてほしい。そしてダービーの時に最高に力を出し切れるよう仕込んでくれ」

この言葉に感激しない騎手はいないだろう。池添騎手「あの言葉でリラックスできた」皐月賞前に語っていた。新馬戦でゴール後に鞍上を振り落とし、京王杯2歳Sでは道中で馬群に自ら突っ込んでいき、折り合いを欠いた、やんちゃなサラブレッドが、いつの間にか堂々たる風格を備えていたのは、池添騎手の教育のたまものだ。

自分の立場に置き換えてみるとよく分かる。この拙文を読んでくださっている方の中にはビジネスマンもいるだろう。

たとえば、あるプロジェクトがあったとして「君にすべて任せるから、いいものを作ってくれ。責任は私が取る」と上司に言われた場合と、「君を一応リーダーとするが、時にはリーダーを替える場合もある。私も少し口を出す。失敗したら君にも責任が及ぶから頑張れ」と言われた場合。どちらが前向きに取り組めるか。当然、前者だ。池江師のアドバイスはビジネス的にも理にかなったものだったと思う。

私はここに、オルフェーヴルを通しての池江師池添騎手の人間的成長を見出す。池江師には以前、レース結果への反応の度合いが強いな、という印象を抱いていた。喜怒哀楽に敏感というか、非常に人間くさいタイプと感じていた。

日常生活では非常に好ましいが、勝負の世界では必ずしもプラスには働かない。全力を尽くして管理馬をターフに送り出した後は、結果を淡々と受け入れ、次のステップへの用意をすべきと思うからだ。理想は、どんな結果でもマイペースを崩さなかった池江泰郎元調教師だ。池江師の父である。

今回、池添騎手に贈った言葉は、まさに将たるにふさわしい。開業8年目。苦労を重ね、研さんし、理想である父の泰然自若ぶりに一歩近づいたのではないか。若くして境地に達しつつある池江師、あっぱれと言うべきである。

と、あれこれ書きつつも、オルフェーヴル菊花賞のゴール後に池添騎手を振り落としていた。誰もが新馬戦を思い出しただろう。そして、あの新馬戦から成長を重ね、3冠馬となったのだなあ、と思いを巡らせたであろう。

人間の気持ちの機微まで分かっているのか、オルフェーヴル。完璧なレース運びはメジロマックイーン譲り。見ている者を魅了する、やんちゃな一面は父ステイゴールド譲りなのだろう。強さとしゃれっ気を併せ持った真のスター誕生に乾杯!