トレーナーの姿が、この勝利が意味するものを雄弁に物語っていた
文/石田敏徳、写真/川井博
それは本当に、突然の出来事だった。
ジャパンCのレース後に行われた共同記者会見。
ベテラントレーナーが見せたあまりにも思いがけない姿に、会見場は静まり返った。
外国人プレスも含めた記者たちが向ける視線の先では、突然、こみあげてきた感情を抑えきれなくなった
松田博資調教師が言葉を詰まらせ、ほとんどしゃくりあげかけていた。
凱旋門賞の覇者
デインドリームが参戦し、1番人気の支持を集めた今年の
ジャパンC。過去の
ジャパンCでは鳴り物入りの評判ばかりが先行して、期待を裏切り続けてきた歴史がある
凱旋門賞馬だが、今年の
デインドリームはそうした評判倒れの先達とは、明らかに
「別物」と思えた。
レースレコードを14年ぶりに塗り替える破格の勝ち時計を記録し、日本の高速馬場への対応力をアピールしていたこともあるけれど、なんといっても先の
エリザベス女王杯で圧巻のパフォーマンスを演じた
スノーフェアリー(
凱旋門賞は③着)をまったく寄せ付けず、後続を5馬身差にぶっちぎった勝ちっぷりが
強烈だった。
スノーフェアリーが
エリザベス女王杯で繰り出した末脚のさらに上をいくような
“世界の末脚”が見られるかもしれないと、期待を膨らませた向きが多かったのもある意味、当然である。
一方、これを迎え撃つ日本勢も、1位でゴールを駆け抜けながら
②着降着の憂き目を見た昨年の雪辱がかかる
ブエナビスタを筆頭に、かなり強力な面々が揃った。個々を紹介していくとキリがなくなるので詳細は省くが、三冠馬
オルフェーヴルや
宝塚記念の覇者
アーネストリーなど、
有馬記念への直行を選択した大駒の不在を感じさせない
多士済々なメンバーに、
「目移りして困った」という方も少なくなかっただろう。
さて、そんなレースの
ポイントとなったファクターは2つあった。ひとつは先週からの1週間で、
馬場の内めのコンディションが見違えるように回復していたことだ。この結果、各騎手が一様に外へ進路を取っていた先週とは違い、東京の芝のレースでは土曜日の時点から
内々で運んだ人馬の好走が目立っていた。
これにもうひとつのファクター、
「スローで流れた展開」を重ね合わせると、後方馬群の外めで末脚勝負に構えた馬──
デインドリームがまさにそうだった──はどうしたって苦しくなる。
ちなみに向正面からまくって出た
ウインバリアシオンの
安藤勝己騎手はレース後、
「馬群の内に入ることができず、あのままいくと外、外を回らされそうだったからね。今日の馬場で外を回ったら勝負にならないから、(まくって)内に入れちゃおうと思ったんだ」とその理由を語っていた。
これに対して
ブエナビスタの
岩田康誠騎手は、中団馬群の内で末脚を温存。
好枠(1枠2番)を引き当てた利を存分に活かしてレースを運んだ。前走の
天皇賞では内で窮屈になったロスも響いて
④着に敗れたことを考えると、進路の確保を優先して外へ持ち出しておきたくなりそうなものだが、さすがというべきか、そんな愚は犯さなかったのだ。道中はその
ブエナビスタの後ろ、馬群のやはり内めで息を潜めていたのが③着に追い込んだ
ジャガーメイル(この激走には正直、驚かされた)。
②着は2番手追走から粘り込んだ
トーセンジョーダンだから、今年の
ジャパンCは
“内々でロスなくレースを運んだ馬と先行馬”が上位を独占したことになる。そんなレースで
ブエナビスタは最大の武器といえる瞬発力を存分に発揮。昨年は剥奪された
勝利の栄誉を鮮やかに奪い返したのだった。
表彰式の後に行われる共同会見は当初、淡々とした風情で進行していた。ひな壇に座った
松田博資調教師はいつもの飾らない、ぶっきらぼうとも響く口調で
インタビュアーの質問に答えていたし、特別に感情が昂ぶっている風にはまったく見えなかった。
そんな場の空気が一変したのは、
インタビュアーから
「昨年は悔しい思いをされただけに、今年は忘れ物を取りにきたという気持ちもあったのでは」という質問が飛んだときだ。
「去年はスミヨンに悪いことしたなあと……」そう返しかけたところで
トレーナーは突然、絶句。しばらくはしゃくりあげるような呼吸音しか聞こえなかった。
降着処分を受けた昨年の
ジャパンC以降は、
“強いレースはしているものの、どうしても勝利に手が届かない”できた
ブエナビスタ。
その間、陣営に降り積もっていった
鬱憤がどれだけ大きかったのか。また、昨年の
無念をどれだけ彼らが深く引きずってきたのか。こみあげてきた感情に押しつぶされた
トレーナーの姿が、雄弁に物語っていた。
それでも、少し時間を置いて気持ちを落ち着けてからはまるで何事もなかったかのように、
松田博資調教師はいつものキャラクターを取り戻していた。
ちなみに次走に予定されている
有馬記念への抱負は、
「少なくとも国内で走るのは、今度の有馬記念が最後になりますから、いい状態でレースに送り出せるように全力で頑張りたい」とのこと。
一昨年、そして昨年と2年連続で②着に惜敗している
有馬記念。そう、予定されている来春からの繁殖入りの前に
ブエナビスタにはもうひとつ、手にしなければならない
“忘れ物”が残っている。