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まだパワーアップの可能性を秘めているというのだから恐れ入る
文/鈴木正(スポーツニッポン)、写真/稲葉訓也


最強スプリンターは千両役者でもあった。ロードカナロアがどう勝つかが焦点。多くのファンがそう思っていた一戦で、まさかのスタート後手。こんな発馬は過去14戦にはなかった。

思わず「あっ」と声が出た。それでもやはり、最後は差し切り勝ち。盤石の強さを見せた一戦でも、手に汗握るシーンはつくってみせる。質のいい短編映画でも見た気分だ。

道中は9番手付近。出負けしても慌てず、しっかり折り合って4コーナーへ。直線を向き、前が空くかどうか。ここも大きなポイントだったが、前にいたサクラゴスペルが内へと動いていったことで進路が開けた。

これでもう大丈夫。瞬時のギアチェンジで馬群を抜け出す。逃げたハクサンムーンの想像以上の粘りこそあったが、残り100mで先頭。いつもの強さでねじ伏せた。

「トモを滑らせて出負けしまして…。でも馬が冷静に対応してくれました」

岩田騎手は苦笑いまじりに振り返った。

「うまく中団から抜け出せたし、ゴールまでしっかり伸びてくれた。この馬には頭が下がる。世界ナンバーワンの馬ですよ」

3週間ほど前から実は胃の調子が悪かったと明かした同騎手。それだけ追い詰められていたと語ったが、そう言いつつも、精神のコントロールが以前と比べ、随分とうまくなっているという印象を受けた。

ウイニングランでは何度も力強いポーズをつくったが、どこか冷静に見えた。自分の感情が爆発したと言うよりも、ファンに盛り上がってほしい、この馬の関係者に喜びを伝えたい、そういう気持ちの発露のように見えた。「体は熱く、気持ちは冷静」であることが、はっきりと分かった。

お立ち台でも言葉を選んで淡々と話していた。以前のような「アツい」岩田騎手が好きな方もいるだろうが、勝負に勝つことを職業としている以上は冷静な方がいいことは明白だ。

メンタル面において、一流から超一流の域へと足を踏み入れたのではないか。さらに加えるなら、この日は5~8Rまで4連勝高松宮記念を含め、一日5勝。大一番に向け、気持ちをピークに高める技術も身に付けている。素晴らしいことだ。

プレッシャーを力に替えるといえば、安田師も同様だ。戦前、はこう話した。

「騎手の頃は馬にまたがれば落ち着いた。観戦する方が落ち着かないね。ただ、そういう緊張感は悪くない。装鞍所、パドック、返し馬、輪乗り…。次第に緊張感が高まっていくんだが、そのドキドキしていく感じがたまらないんだ」

使い古された表現で恐縮だが、完全にプレッシャーと友達になっている。重圧を楽しんでいる感じすらある。こうなれば、もう無敵である。岩田騎手安田師ともに重圧と友達なのだから、馬にも緊張感が伝わらない。だから、勝ち続けることができる。

近年、同厩舎トランセンドカレンチャンロードカナロアグレープブランデーなどを擁して、勝ち続けている。胃の痛くなる場面を何度も経験し、ノウハウを蓄積し、次のレースへとつなげ、一層ノウハウを手にしてきた。完全にプラスの循環だ。この厩舎はもっと強くなる。

「もっと強くなる」で思い出した。安田翔伍助手ロードカナロアのことを、こうみている。

「まだ完成手前でしょうね。9分ぐらいじゃないですか? 強くなる余地は、まだあると思います」

1分8秒1のレコードで制し、史上初のスプリントG1・3連覇をやってのけてなお、パワーアップの可能性を秘めているというのだから恐れ入る。

先日、無傷の24連勝を達成したブラックキャビアと対戦させたいと心から思うが、その可能性は薄そうだ。ならば、勝ち続けて「未対戦だったけど、ブラックキャビアよりロードカナロアの方が強そうだな」と、世界のホースマンに認めさせるしかない。それができるほどの実績を積み重ねる可能性はある。

②着は外から伸びたドリームバレンチノ。前走・シルクロードSから2キロ減の研ぎ澄まされた馬体。パドックではピカピカの皮膚を誇示した。力は出し切ったが、生まれた時代が悪かったとはこのことだ。

③着はハクサンムーン。内ラチいっぱい、よく頑張っている。戦前、西園師「何が何でもハナ。たとえオーバーペースになって直線で止まるにしても、ハナを奪い続けることに意味がある」と語った。その通りだと思う。気持ちがブレなかったことが、10番人気の銅メダルを呼んだのではないか。

ここまで書いて、もう一度、高松宮記念のVTRを見直した。やはり、いいレースだった。今年も強いぞ、ロードカナロアは。