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蛯名騎手の好判断が勝利を手繰り寄せたのでは
文/後藤正俊(ターフライター)、写真/森鷹史


「天皇賞(春)の勝ち馬は、今年のG1でもっとも固い決着になるだろう」多くのファンが信じていたに違いない。

単勝1.3倍、60%以上の支持率を獲得していたゴールドシップに、死角を探すのは難しかった。「G1馬は最近5年間勝っていない」「フルゲートの1番人気は③着以下」といったデータも、ゴールドシップに関してはこじつけにしか思えないものだった。

馬体重は阪神大賞典から増減なしの502kgで、万全の仕上がりといった感じ。パドックでは威風堂々と他馬を圧し、唯一の不安とされていた馬場入りの際の暴れ癖も、この日はデビュー以来もっともスムーズに運んだ。

超スローペースで上がりの競馬になれば、切れ味の違いで取りこぼすことも考えられたが、サトノシュレンが1000m通過59秒4のペースで飛ばし、おあつらえ向きのスタミナ勝負になった。スタートでダッシュが鈍く最後方となったのも、ある程度は予想通り。3200m戦では大きな不利にはならない。

すぺてがゴールドシップ芦毛馬タイ記録となるG1・4勝目へ向けて、万端に進んでいるかのように見えた。ところが、そんなファンの目一杯に膨らんだ期待は、3角の坂で暗転した。

坂の手前から、菊花賞の時と同じように内田騎手が仕掛けていくが、反応が良くない。内田騎手は必死に手綱をしごき、坂上ではステッキも入れた。いつものような“まくり”で先団に取り付き、そこから2段目のロケットに点火するようにも一瞬見えたが、内田騎手だけはいつもとは違うことを痛感していたのかもしれない。

直線を向いてもロケットは噴射しない。外からジャガーメイルに被され、内のレッドカドーとの間で進路を失くし、外に立て直す不利は確かにあったが、それがなくても連対までは届かなかったことだろう。脚がなかったから、進路を閉ざされたのだ。

衝撃の⑤着敗退「競馬に絶対はない」との格言はあるが、大半のケースでレース後になって敗因はいくつか挙げられるものだ。個人的には、1991年有馬記念メジロマックイーンダイユウサクに差し切られたレース以来の、敗因がどうにも考え付かない稀有な例だ。

勝ったフェノーメノは、自分のレースに徹したことが最大の勝因だろう。自在な脚質、折り合いの良さを最大限に活かして、1周目は距離ロスがないように中団の内目でじっと我慢し、2周目は包まれないように外目に持ち出し、早めのスパートで押し切った。フェノーメノ中心に見れば、まさに横綱相撲だった。

蛯名騎手の好判断も光った。ゴールドシップを意識し過ぎていたら、直線入口で先頭という早めの仕掛けはしにくかったはず。実際に、トーセンラー武豊騎手ゴールドシップが来ることを意識してだろう、4角あたりで何度も外を確認していたため、追い出しが一完歩遅れたようにも見えた。

蛯名騎手はインタビューで「この馬の競馬に徹した」と答えていたが、武豊騎手「ゴールドシップを倒さなければ勝てない」と考えていたのかもしれない。もちろんこの勝利はフェノーメノの力があってこそだろうが、結果として、今回に限れば蛯名騎手の判断が正解だったと思う。

その蛯名騎手の判断には、ダービーの悔しさが影響していたのではないか。ダービーでは逆に、後方から追い込んでくるだろうゴールドシップワールドエースを多少気にしてしまったことで、ディープブリランテにハナ差届かない惜敗につながった、という見方もできる。

悲願のダービー制覇を確信していた蛯名騎手は、検量室で人目もはばからず涙を流したという。もう同じ悔しさは味わいたくない。「自分の競馬をする」という思いはなおさら強くなっていたのではないだろうか。

フェノーメノもその蛯名騎手の思いに見事に応えたと言えよう。ダービーではゴールドシップに先着し、天皇賞(秋)では古馬一線級相手に②着。ジャパンCは⑤着だったものの、エイシンフラッシュには先着して天皇賞(秋)の雪辱を果たした。

同じステイゴールド産駒のゴールドシップには負けていないという意地は、陣営にもあったことだろう。これでゴールドシップには2戦2勝。もし宝塚記念に出走すれば、自在に動ける脚質はゴールドシップ以上に阪神2200mに向いている印象で、オルフェーヴルジェンティルドンナとの夢の再対決に割って入る資格を、堂々とつかんでみせた。