「ズバ抜けた決め手」は馬の充実度、陣営と名手の手腕の賜物
文/安福良直、写真/森鷹史
マイルチャンピオンシップと言えば、かつては
「マイル王」の称号がふさわしい馬が毎年のように現れ、堂々と1番人気に応えるレースだった。しかし、
ダイワメジャーが連覇してから、特にここ最近はずっと
本命不在の大混戦。春の
安田記念も同じような傾向で、今の日本は
「マイル王不在」の状態が続いているようだ。
そんな中での今日は、近年の混戦ムードに、さらに拍車をかけたような一戦。マイルG1を勝ったことがある馬は近走で
不振気味だし、G3で何度も活躍している馬は
G1実績が不足。しかもこれといった上昇馬も見当たらない。さあどうする?
レース前の私は、何かひとつ
「ズバ抜けた決め手」を持っている馬が勝つのではないかと思い、春の
桜花賞で追い込んで②着に来た
レッドオーヴァルに賭けてみることにした。前に行きたい馬が多くて展開が向きそうだし、斤量が軽いのも魅力的。
その
レッドオーヴァルは、直線で内から差を詰めたが⑧着まで。レース内容は悪くなかったと思うが、
「ズバ抜けた決め手」を発揮するところまではいかなかった。
その一方で、いましたね、
「ズバ抜けた決め手」を発揮した馬が。4コーナーまで
レッドオーヴァルと並んで走っていた
トーセンラーだ。
上がり3ハロン33秒3という数字以上に、直線で外から襲いかかったときの切れ味が見事だった。あの脚を見せつけられれば、
だれもが納得するしかない、という勝ち方であった。
ただレース前は、
トーセンラーがあれほどの末脚を使うとは想像できなかった。確かに末脚にはいいものがあるし、京都外回りには実績があるが、他の有力馬と同じで
「G2は勝ててもG1ではワンパンチ足りず」という戦績だったし、なにしろマイル戦は初めて。それで2番人気なのだから、消しておいしい人気馬だな、と思っていたのだが…。
トーセンラーの勝因をいろいろと考えてみると、まず道中の
ペースがマイル戦にしてはスロー気味で、中長距離の流れに慣れていた
トーセンラーにも対応可能だった、ということがある。また、直線で前を行く
グランプリボスの外にスッと出ることができたのも大きかった。
レッドオーヴァルと内外が逆だったら、抜け出すのにもっと苦労したはずだ。
ただ、それだけではあの
「ズバ抜けた決め手」は説明できない。
トーセンラー自身の
充実度が素晴らしくないと、あの末脚は繰り出せないはずだ。
今回、
トーセンラー陣営はマイル戦に備え、
調教をコースから坂路中心に切り替えたようだが、その効果も大きかったのだろう。今まで眠っていた、ディープ産駒ならではの切れ味が、この調教で引き出されたように思える。
そして、触れないわけにはいかないのが、
武豊騎手の手綱捌き。これで
前人未踏のG1・100勝達成。今回の勝利も、数多くの「ユタカマジック」のひとつとして語り継がれることになるのだろうが、いつもながらすごいと思うのが、
道中の無駄のなさだ。
スタートから4コーナーまで、位置取りも折り合いもすべてが自然で無理がない。だから、最後にあれほどの印象的な末脚を引き出すことができるのだろう。
キズナで
ダービーを勝ったときも、「こんなにゆっくり追い出していていいのかな」と思ったのに、ゴール前でキッチリ捕らえていた。
G1の勝ち方を知りつくしているから、いつもと同じレースがG1でできる。それが
武豊である、ということなのでしょうね。
結局、
「わからないときは武豊に乗るべきである」という、ここ20年ほど言い尽くされたことを再確認するレースだった、ということかな。