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外国の大レースを狙えるような強い馬にはできるだけ多く日本で走ってほしい
文/江面弘也、写真/川井博


『サラブレ』本誌の有馬記念特集で「穴馬伝説」を書いた。そのときは凱旋門賞帰りのオルフェーヴルキズナの再戦が最大の焦点だったが、原稿を書きながら、わたしは、後方から追い込んでくるキズナは危険な人気馬だと思っていた。キズナを外してオルフェーヴルから人気薄に流せばいい。

ところが校了した直後にキズナ回避を知る。帰国後、体調が整わなかったという。有馬記念に向けて盛り上がっていた気持ちもいっぺんに萎えてしまった。

さらに直前にはダービー馬エイシンフラッシュもねんざで回避する。エピファネイアジェンティルドンナメイショウマンボもいない有馬記念は、とうとうG1馬が3頭という寂しい状況に陥っていた。

それでも有馬記念当日の中山競馬場には12万人を超える人が入場した。

「ひさしぶりに人が入ったな」

会う人だれもが口にした。だれかが、JRAがずいぶんコマーシャルを流していたからな、と言った。

パドックも人でいっぱいだったが、小さな報道人エリアには十分な余裕があった。

生で見るのは昨年のジャパンC以来となるオルフェーヴルは静かに歩いていた。引退レースという先入観からか、かつての暴れん坊のイメージはパドックから感じられない。いい意味でおとなになったのか、それとも、調教後に「八分ぐらいの出来」と報道されたように、いつもの調子にないのだろうか。

ジャパンCで⑮着に惨敗したゴールドシップライアン・ムーア騎手に乗り代わり、ブリンカーを装着してきた。こちらもおとなしい。どことなく小さく見えて、なにか発散するものが感じられない。

わたしは人気の2頭から、パドックでよく見えた(つもりになっていた)8枠の2頭(ナカヤマナイトトーセンジョーダン)と、穴として狙っていた1枠2頭(ダノンバラードヴェルデグリーン)に流す外れ馬券を買いこんだ。

刺すような冷たい風が吹くスタンドは静かだった。本馬場入場がはじまり、オルフェーヴルの姿がターフビジョンに映し出されても人々はいつものように爆発しない。

どういうわけだろう。スタンドは満員なのに、マスコミは少なく、競馬関係者からも有馬記念らしい高揚感が感じられない。

競馬場全体をなんともいえない冷めた空気が包んでいるようだった。

それはずっとつづいていた。スターターが台に上がっても、ファンファーレが鳴っても、ゲートが開いても、ルルーシュを先頭にして馬群がスタンド前に来ても、後方を進むゴールドシップオルフェーヴルの姿がアップになっても、それなりに歓声は沸いたが、有馬記念にしては短く、薄い。

向こう正面ではレースの映像が突如見にくくなり、さらに場内の実況音もなぜか小さくて、なにがどこを走っているのかよくわからないまま馬群が4コーナーを回ると、いつの間にかオルフェーヴルが先頭に立って、そのまま独走していた。

終わってみれば②着のウインバリアシオンに8馬身差もの差をつけていた。池江泰寿調教師「ビックリした」と言うほどオルフェーヴルは強かった。嫌みなほど強かった。

池添謙一騎手オルフェーヴルが引き揚げてくる。馬券はかすりもしなかったが、池添騎手が勝ってよかったな、と思う。凱旋門賞に乗られなかった悔しさをはらしただけでなく、絶対に失敗できない重圧のなかでオルフェーヴル最高の走りを引き出した騎乗はみごとだった。

「ぼくはオルフェーヴルが世界一強いと思っています」

ウイナーズサークルでおこなわれた勝利騎手インタビューで熱く語った池添騎手は、ファンに向けて引退式のスピーチのような長い話をし、最後に言った。

「オルフェーヴルに出会えてほんとうに良かったです。いままでオルフェーヴルを応援しつづけてくれてありがとうございました」

そのうしろには表彰式を待つオルフェーヴルの姿があった。外国のテレビなのか、レポーターらしい白人女性オルフェーヴルをバックに入れて写真を撮ってもらっていた。

国際的な人気ホースとなったオルフェーヴルにはおそらく外国からも種付けのオファーもあるだろう。記者会見では池江調教師オルフェーヴルのこどもで凱旋門賞に勝ちたいと夢を語っていた。

その話を聞きながら、わたしは、寂しかった秋のG1を振り返り、外国の大レースを狙えるような強い馬にはできるだけ多く日本で走ってほしい、と思っていた。