苦戦に映った走りさえも陣営にとって“想定の範囲内”だったのだろう
文/吉田竜作(大阪スポーツ)、写真/森鷹史
直線に向いても大逃げを打った
フクノドリームと後方の集団の差は10馬身以上。スタンドからは
どよめきと
歓声が上がったが、この時点では誰もが
ハープスターが大外を真一文字に伸びてくるシーンを想像していたはずだ。
その期待にこたえて
川田騎手は
ハープスターを馬群の外へと導き、ゴーサインを出す。
チューリップ賞では鋭い反応から一気に勝負を決めたが、今回は前走時以上に外を回ったせいか、加速が鈍い。
川田騎手も叱咤のムチを
ハープに叩き込む。
歓声に
悲鳴が混じり、
絶叫へと変わる。ひょっとして前が残るのか? 観客の多くがそう感じたはずだ。しかし、ライバルの
レッドリヴェールを射程圏に捕らえると
ハープスターに眠っていた闘志に火がともる。
グンと加速すると、2頭の差はあっという間になくなる。
レッドは持ち前の闘争心を引き出すため体を寄せにきたが…その時には
ハープスターに抜き去られていた。
桜花賞史上初となる、直線だけで最後方からの追い込みVは、この瞬間に完成した。
「ホッとしました。道中はいつもどおりの位置でリズムを取りながら、心配なくいけました。あとは追い出しのタイミングだけ。とにかくこの子がいちばん良い脚を使うように心がけた。G1だし、馬が理解して今日は一生懸命走ってくれましたね。新馬から乗せてもらっているが、本当に素晴らしい馬です」と
川田騎手もひたすらにパートナーを褒め称えた。
見た目には
薄氷を踏む勝利に映ったが、
川田騎手自身は
「牝馬でいちばんだと思っていたし、自信を持って乗った」と確信めいたものを感じていたようだ。
では、外から見ていた
松田博調教師はというと、
「ターフに出たら、そりゃあもうジョッキーに任せるしかないからな。ヒヤッとするも何もないさ。馬も川田も信頼して見ていた」と悠然とこたえてみせた。
思わぬ(?)苦戦の理由については
「やっぱり外枠で、あれだけ外を回るというのは有利なことではない。チューリップ賞と比べてもかなり外を回ったからな」と分析したが、
トレーナーにとってこれは織り込み済みだったようだ。
「これだけ力の差があるからこそできることだし、その自信があるから『外に出せ』と言っている」。
阪神JFでハナ差敗れたのをクビ差逆転する形になったが、この
苦戦に映った走りさえも、
陣営にとって“想定の範囲内”だったのだろう。
ただ、
川田騎手が驚いていたのがその瞬発力。この日マークした上がり3ハロンは
32秒9と極限に近い数字。レースの上がりが36秒3、②着
レッドが33秒4だったことを思えば、
その数字の持つ強烈さが浮き彫りになる。
「そりゃ、そうですよね。それくらい出ていないと届いていませんから」と改めてこの馬の底知れなさを感じたようだ。
もっとも、
松田博調教師はこの馬のセールスポイントに
「瞬発力と反応した時のスピード」を挙げていたから、これも想像していたとおりなのかもしれない。
ただ、
「ブエナビスタなんかはかなり長くいい脚を使うタイプだった。こちらはまだ未知数なところはあるものの、反応してトップスピードに乗ったときの速度が桁違い。その点ではブエナビスタよりも上だろう」という言葉が出てきたのには驚かされた。
ブエナビスタで実現しなかった
凱旋門賞遠征。やはり、その思いをこの馬に託しているのだろう。しかし、その前に本当に
オークスに向かうのかが
ファンだけでなく
他陣営にとっても気になるところ。
オーナーサイドは
「オークスで疲れが残らないように」と言うが、
松田博師は
「ノーザンFからオークスが狙えるのが出るとか、状況が変われば」と含みを持たせた。果たしてどちらに転ぶのか…。
敗れたとはいえ②着
レッドリヴェールも計り知れない能力を秘めている馬。
「ひとつ確実に言えるのは、良いレースだったということ」と胸を張った
須貝調教師だったが、最後は
「悔しいなあ」と本音もポロリ。
次走は再戦となるのか、それとも選択肢に含められている
ダービー挑戦となるのか。牡馬クラシックを巻き込んだ2頭の戦いからこれからも目が離せそうにない。