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名手渾身の騎乗で手繰り寄せた別格のダービー制覇
文/平松さとし、写真/川井博


昼前の東京競馬場。調教師・橋口弘次郎はいつものとつとつとした口調で「緊張しています」と語った。

「みんなが応援してくれているのがよくわかった。だから期待に応えたくて緊張しています」

この話を横山典弘の耳に入れると首肯しながら言った。

「そうだろうな……。俺も橋口先生のためにも勝ちたいから……」

橋口はこれまでダービーに19頭の管理馬を送り込んで来た。

「ダンスインザダークの時は悔しかった」

思い出を聞くとそう言った。他にもリーチザクラウンでの②着もあった。その時の勝ち馬はロジユニヴァース。鞍上は横山だった。

「勝って引き上げて来て最初に握手をしたのが橋口先生でした」横山

その横山橋口とのコンビで挑んだG1で、②着すること実に7回。互いが今度こそは、の気持ちで臨んだ。

「ノリなら可能性はあると思った」

ゲートが開くとワンアンドオンリーの背で押す横山の姿をみて橋口はそう思った。

このところ追い込み一手の競馬をしていたワンアンドオンリー。届かぬ競馬が続いており、今の前残りの競馬が多い東京でも同じ轍を踏むのでは?と危惧する声が囁かれた。しかし、ベテラン横山にはそんなことは百も承知

「スタートで出たら逃げても良いと思っていた」と先行してみせた。すると、目の前には皐月賞馬で1番人気のイスラボニータがいた。

「よい馬の後ろにつけられたと思いました。このままついていけば道を作ってくれるだろうから、ついていくことにしました」

ただし、誤算もあった。考えていた以上にワンアンドオンリーが行きたがったのだ。

「引っ掛かりました。ようやく落ち着いたと思ったら後ろの方でガチャガチャ音がして、また行きたがってしまいました」

4コーナーでは絶好の手応えにみせたが、その時の心境を次のように語る。

「一見手応えがよくみえたかもしれないけど、行きたがっていたんです」

名手・横山にとっては決して満足のいく騎乗ではなかった。それだけに不安を持って直線を向いた。

直線、先頭をいくトーセンスターダムが物見をしたのか急に横に飛びラチにぶつかるアクシデントなどがあったが、人気のイスラボニータワンアンドオンリー不利を受けることなく、先頭争いを演じた。

「掛かり通しだった分、前が開いても弾けないと思った。だから最後は必死に追いました」

ダービー初制覇を目指す蛯名正義が操るイスラボニータとの叩き合い。ワンアンドオンリーが4分の3馬身出たところがゴールだった。

「枠順の差が大きかった。自分としてはやれることは精一杯やったつもりだし、馬の状態も良かっただけに残念です」

そう語ったのはイスラボニータ蛯名。精一杯やったとは言いつつも悔しそうな表情を隠そうとはしなかった。

「足が地についていないような変な感じです」と口を開いた橋口。さらに続けた。

「ドバイで勝った時もこんな気持ちにはなりませんでした。やっぱりダービーは格別。まったく違いますね」

横山は言った。

「橋口先生のためにも勝てて良かった」

(文中敬称略)