ハイペースではあったが、「さすがの追い込み」だった
文/編集部(M)、写真/森鷹史
田辺騎手の
カチューシャがスッとハナに立ったのを見て、
「うわっ! またスローに落とされるぞ!」と思ってしまった。
「また」というのは、今年の
フェブラリーSや
毎日王冠のことが頭をよぎったからだ。
田辺騎手は
毎日王冠では
サンレイレーザーに騎乗して逃げの手に出て、緩い流れを作って②着に粘り込んだ。
フェブラリーSでは
コパノリッキーに騎乗して2番手に付け、ペースを上げずにそのまま押し切って大穴を開けた。突如先行しても折り合いを欠かず、そのまま粘り込んで穴を開けるケースが
田辺騎手には多々見られる。今回もそんなことが起こるのではないかと思ったのだ。
ところが、そう感じたジョッキーが他にもいたのか、今回は意外に
スローの逃げとはならなかった。むしろペースは上がっていき、前半3Fが
34秒2という
ハイペースになった。
今年の
フェブラリーSの前半3Fが
35秒5で、
ゴールスキーが差し切った今年の
根岸S(ダート1400m)が
35秒3だから、比較をすれば今回の速さが分かるだろう。
というか、芝も含めて今年の
東京競馬場での2000m以下の重賞では、前半3Fが
34秒2よりも速かったことが
京王杯SC(
33秒7)の一度しかない。34秒5より速かったのも、
京王杯SC以外だと、
東京新聞杯(34秒2)、
ユニコーンS(34秒4)、
いちょうS(34秒4)の3レースがあるだけ。芝はほとんどが34秒6よりも遅くて………みなさん、
東京の長い直線を考えて抑え過ぎじゃありませんかね?
まあ、それはいいとして、ダート戦で前半3Fが
34秒2というペースで流れれば、そりゃあ、
追い込みも届きます。実は、日曜日(16日)の東京メイン・
オーロC(芝1400m)の前半3Fも
34秒2で、同レースも最後方を追走していた
ダノンプログラマーが追い込みを決めた。ダートの
武蔵野Sで
ワイドバッハが後方一気で突き抜けても、なんら驚かないペースだった。
ワイドバッハは追い込み脚質だが、スタートが遅いタイプでもないから、鞍上の
武豊騎手はすぐにペースが速くなって、道中はほくそ笑んでいたのではないだろうか。
武豊騎手の技術をもってすれば
楽なレースだったのだろう、なんて思ったが、レース映像を見なおしたら、改めて
うならされてしまった。
6枠11番という外目の枠順だった
ワイドバッハは直線でも大外から差してきたが、道中もずっと外を回っていたわけではない。
武豊騎手は好スタートを決めた後に後方まで下げ、一度は
内ラチ沿いまで移動して
距離ロスを防いでいる。そして、改めて直線で外に持ち出されて差してきていた。モータースポーツの
『アウトインアウト』(カーブを外・内・外と走り抜けること)のような技術で、追い込みを決めていたのだ。
そういえば
武豊騎手は
後方一気の鮮やかな勝利が多いよなあ、と思って調べてみたら、2010年以降のJRA平地重賞で、
4角10番手以下からの差し切り勝ちがもっとも多いのが
武豊騎手だった(8回)。2位は
福永騎手(7回)で、以下、
内田騎手、
川田騎手、
浜中騎手、
横山典騎手の5回が続く。
武豊騎手は今回がJRAで
293回目の重賞制覇になり(多っ!)、そのうち
45回が
4角10番手以下からの追い込みだ。
以前の44回のうち42回は
芝で、
ダートで記録したのは2回だけ(98年
武蔵野S・
エムアイブラン、02年
ガーネットS・
ブロードアピール)。44回はいずれも
1~6番人気での優勝なので、今回(
ワイドバッハは7番人気)はかなり珍しいケースと言えるけれど、いずれにしても、これだけ大量の追い込み勝利の裏には
コース取りや
仕掛けるタイミングなど
繊細な技術が基礎として存在するのだろう。ハイペースで流れたとはいえ、
「さすがの追い込み」であったことは記憶に留めておきたい。
今回の
武蔵野Sでは、②着(
エアハリファ)と③着以下の間が
3馬身と開いた。それは②着
エアハリファの地力の高さを証明するものだろう。
エアハリファは最内枠でコースロスなく立ち回れた面があったが、速い流れを早めに動いて勝ち馬と半馬身差だったのだから、
強い内容だったと言える。
エアハリファは
アハルテケSで後の
南部杯勝ち馬(
ベストウォーリア)を抑えて勝利しているが、今春の
アンタレスSでは⑥着に敗れていて、現状は1800mだと少し長いのだろう。それを考えれば今回の条件で勝利を収めたかったところかもしれないが、それは叶わなかった。ただ、
重賞タイトルを掴むだけの力があることは今回証明したので、後は条件と流れが合うのを待つだけだろう。
ちなみに、
エアハリファはアメリカ生まれの外国産馬だが、父系にも母系にも
リボー系を内包していて、血統表を見ると
ワクワクする。底力を問われる
G1でこそ、その走りを見てみたいタイプなので、来年の
フェブラリーSまでに賞金を加算し、ぜひ出走してきてほしいものだ。