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積み重なった「人の思い」が伝説の一戦を生み出した
文/鈴木正(スポーツニッポン)、写真/森鷹史


伝説のレースと呼ばれるものがある。65年、大外からシンザンが差し切った有馬記念。84年、カツラギエースが逃げ切ったジャパンC。07年、牝馬ウオッカが頂点に立ったダービー…。そして、この天皇賞・春もその系譜のひとつに名を連ねるに違いない。横山典弘騎手が見せた3分14秒7は、もはや芸術の域だった。

まずはスタートして1周目、スタンド前だ。最後方追走からゴールドシップは隊列を離れ、スタンド側に寄っていった。コースロスを承知の上で、馬場のいいところを通ったのか。それともできるだけ視界を広げ、馬が気持ち良く走れるよう仕向けたのか。はたまた観衆の歓声を聞かせ、馬に気合を注入したのか。

私はこう考えた。横山典騎手ゴールドシップは馬群を離れ、二人きりで会話をしたのではないか。「きょうのご機嫌具合はどうだい?」「ゲート入りで少し発散したし悪くないね」「そうか。じゃあ、少々早めにスパートするけど頼むよ」「よし、分かった」。あくまで妄想だが、横山典騎手「その通りだ」と言ってくれても驚かない気はする。

その妄想通り?横山典騎手は向正面でスパートをかけた。手綱をしごき、まるで最後の直線のような勢いだ。いつの間にか4番手付近の外へ。このタイミングが絶妙だった。上昇が終わったところが坂の上り始めだった。つまり、横山典騎手は先団に取り付くまでの時間、距離を計算しきって合図を送ったことになる。計算通りに上昇し、ポイントに位置した瞬間に上り坂を迎える。上り坂で仕掛ければ負荷は倍増するから、仕掛けつつも最小限のエネルギーで済ませたことになる。

坂の下りでは他馬と同じ脚で動き、4角では外4番手。この位置を占めてしまえばお膳立ては整ったことになる。あとはどれだけの脚を繰り出すかだ。ゴールドシップの凄いところは、この時点でまだ体力にお釣りがあるところだ。この馬に疲労はないのか。四肢に乳酸はたまらないのか。そんなことを考えているうちにカレンミロティックが音を上げた。外からフェイムゲームが飛んできたが勝負はすでに決していた。G1・6勝目。3度目の正直で大願が成就した。

横山典騎手が何度もスタンドに向けて手を上げていた。もちろん会心のライディング。相当にうれしかったのだと思う。ただ、こうも思う。神騎乗とかノリ魔術と表現するのはたやすい。しかし、この騎乗を繰り出すには相当な決断が必要だったろう。

1周目で外に出したのも、もし負けてしまえば単なるコースロスとしか思われない。向正面での上昇も、あそこは動くところじゃない、と言われるのがオチだ。いずれも結果論でしかない。横山典騎手はそういう結果論と戦い(結構怖い相手のはずだ)、しっかりと決断して戦術を選択した。主戦の心情をもっと理解し、称える必要があるように思う。

それは須貝師に対しても同じだ。2度、完敗しているレース。そこにチャレンジするのは並大抵ではない。出れば人気になるのだ。さらに、高い確率で勝てそうな宝塚記念も控えている。挑戦する必要があるのか…。すさまじい葛藤があったことだろう。どれだけ悩んだのか、勝負の外にいる我々には想像もつかない。ただ、横山典騎手須貝師腹を決めてチャレンジした。その気持ちが馬に、レース全体に伝わり、結果として伝説の一戦となった。そう思うのだ。

競馬は馬が走る。だが、そこには確実に「人の思い」がある。馬はその思いを乗せて走るのだろう。何だかクサいCMのナレーションのようになってしまったが、そんな気がしてならない。

序盤に挙げた、過去の伝説のレースも、その裏には多くの人の思いがあった。人の思いが積み重なれば積み重なるほど、レースの凄みはアップするのかもしれない。

②着フェイムゲームもよく走った。ダイヤモンドSも強かったが、相変わらずのタフネスぶりを見せつけた。カレンミロティックも収穫は大きい。宝塚記念が本当に楽しみになった。そしてゴールドシップ宝塚記念ではどんな一工夫を凝らしてレースを運ぶのか。競馬の不思議さ、面白さを教えてくれるこの馬は、日本競馬にとってかけがえのない1頭だと心から思う。