マイル路線を歩むなら頼りがいのある“杖”になりそう
文/石田敏徳、写真/森鷹史
過去10年間の
安田記念で、前年の
マイルCSの連対馬が連対を果たした例は2007年の
ダイワメジャー(
マイルCS、
安田記念ともに①着)のみ。G1を5勝もした稀代の名マイラー・
ダイワメジャーは、
高松宮記念→
安田記念の連覇を達成した2013年の
ロードカナロアと同様、あくまでも
「別格」と考えるべき存在で、ふたつの古馬マイルG1はまったく連動しない結果に終わっている。
京都と東京のマイルでは、求められる資質が異なることも確かだが、傑出した主役が不在で
“どんぐりの背比べ”状態にある昨今の古馬マイル戦線の混迷ぶりを象徴するデータといえるだろう。
混迷を物語る別のデータが、今朝の
スポーツ紙にも載っていた。昨年の
安田記念以降の1年間、1200~1800mの古馬重賞(35レース)において、1番人気の支持に応えて勝利を飾った馬はわずか2頭(
スワンSの
ミッキーアイルと
ダービー卿チャレンジトロフィーの
モーリス)しかいないそうなのだ。
人気薄の伏兵ならともかく、1番人気馬の戦績が
35戦2勝とは、ほとんど
「頭で来ちゃったら事故」と諦めがつくレベル。
頼りになる“杖”が見当たらず、我々、
ファンの側も混迷の霧のなかを彷徨い続けてきたことの表れといえる。
というわけでそのうちの1頭・
モーリスが、1番人気に支持された今年の
安田記念。
堀宣行厩舎に転厩して新たなスタートを切った今年の1月以降は、
「付いていきます、どこまでも」と感じさせる豪快な差し切り劇を演じながら、
1000万下特別、
1600万下特別、そして前走の
ダービー卿チャレンジトロフィーと3連勝。G3を勝ったばかりでのG1初挑戦とはいえ、1番人気に支持されたこと自体は理解できるのだが、近3戦(いずれも中山)とはコースも相手も異なるG1の舞台で同じような芸当を演じられるのかと、眉につばをつけてかかった方も多かったのではないか。
ましてこの日は、近走に比べると明らかに高いテンション(かなりイレこんでいた)でパドックを周回。私なんかわざわざ、
JRAレーシングビュアーで前走のパドックの気配を確かめ、
「ああ、こりゃ今日も出遅れちゃうだろうな」と確信し、新聞にバッテンを書き込んだほどだった。
ところがレースでは好スタートとまではいわないものの、ほぼ互角にゲートを飛び出してスムーズに好位を確保したから驚いた。ちなみに驚いたのは何も私ばかりでなく、
クラレントの
田辺裕信騎手、
リアルインパクトの
内田博幸騎手も、
「なんでモーリスがこんなところを走っているのかと思った」とレース後に口を揃えていた。
一方、昨年5月の
京都新聞杯以来、久しぶりにコンビを組んだ
川田将雅騎手も内心では、
「9割方は出遅れちゃうだろうなと思っていた」そうだ。しかし彼が手綱を取った2歳12月の
万両賞では好位追走から抜け出して快勝。その経験があるだけに、
「(スタートを)出てくれれば、一瞬の決め脚でズバッと差す形ではなく、ある程度の位置につけて運ぶ」イメージも描けていた。つまり彼にとっては
“想定内の”レース運びだったわけだ。
改めてスタートから振り返れば、抜群のスタートを切った
ミッキーアイルが行き渋るのを見て、すかさず
リアルインパクトが先手を奪ったレースは緩みのない流れで進行。前後半4ハロンのラップ(45秒9-46秒1)が物語る通り、速いラップが立て続けに刻まれていく典型的な平均ペースの展開となった結果、追走に脚を使わされた後方待機組は苦しくなった。
これを尻目に、少し行きたがる素振りを見せた馬をなだめながら進んだ
川田騎手は、4コーナーで2番手から前に並びかけていった
ケイアイエレガントを目標にジンワリと進出。直線の半ばでは満を持して先頭に躍り出る。馬群の後方で直線勝負に構えていた
ヴァンセンヌが襲い掛かってきたゴール前ではさらにもうひと伸び。
川田騎手いわく、
「キレ味より、持久力を活かす形の競馬」で春のマイル王の座に君臨した。
「背腰の傷みをちゃんとケアしてあげないと、本来のパフォーマンスを発揮できない馬。そのためにはレースの間隔を開けなければならず、するとどうしても直前にはある程度、強めの調教が必要になる。そのさじ加減が難しかったですね」と中間の調整過程を振り返った
堀調教師は、先週の
ダービーに続き、2週連続の戴冠。ただ、課題とされたスタートについては、
「まだ克服している途上の段階ですが、いい方向には向いてきていた」とのことで、この形のレースは彼にとっても
“想定内”だったようだ。
今後の進路については
「(安田記念を)使う前はこれから距離を延ばしていくイメージでいたのですが、今日の流れでも少し掛かっていたし、思っていたよりも難しいかもしれない。これから改めて考えます」とのこと。というわけで
天皇賞参戦にも含みを残した秋だが、まだまだ、完成途上の段階で極めた頂点だけに、
マイル路線を歩むなら頼りがいのある“杖”になるのではないか。