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暴君の兄がついに弟に一矢報いた
文/鈴木正(スポーツニッポン)、写真/森鷹史


生で聴いたどー! サブちゃんの大熱唱in競馬場! いやー、アカペラだが、さすがの迫力。競馬を始めて30年近くなるが、さすがに優勝馬主がお立ち台で歌ったのは初めて。興奮した。

「祭りだ、祭りだ、キタサン祭り~♪」

「これが競馬の祭りだよ~♪」

5番人気馬での快勝。北島三郎オーナー「持ってる」ぶりに鳥肌が立った。

オーナーほどではないが、多少は「持っていた」。実は京都競馬場に行く予定はなかった。スポニチにも若いエース記者が育っており、自分のような旬を過ぎた記者にはお呼びなどかからない。この日は休日。中国地方で用事があり、それを済ませて大阪に移動したところ、菊花賞で何かが起こる予感がして、急ぎ淀へと駆けつけた。何とか間に合い、熱戦を見届けた後に、紅白で何度もトリを務めた国民的大歌手の熱唱だ。生きてて良かった~って感じである。

だいぶ脱線した。菊花賞を検証しよう。なかなか荒々しい一戦だった。ピンク帽子2頭、スピリッツミノルリアファルを制して主導権を奪いにいったのが激戦のゴング。周囲から「ウワーッ」という声が聞こえた。しかし、この荒波は2コーナーを過ぎてピタッと凪ぎになってしまう。13秒台のラップを3本重ねて急にペースダウンした。

この機を逃すまいと横山典ミュゼエイリアンが動く。アルバートドックタガノエスプレッソも上昇した。しかし、ここで冷静だったのが北村宏キタサンブラックだ。もちろん、流れには逆らわずペースに合わせて動いたが、あくまで「好位のイン」というマイポジションを守り抜くため。全体から見たポジショニングは終始一貫して変わらなかった。この判断が素晴らしかった。

スピリッツミノルがズルズル下がっていく。2周目の坂の下りで馬群は凝縮。何が勝ってもおかしくない陣形で直線を迎えた。イン2頭目を突くキタサンブラックリアルスティールも馬群から進路を見つけた。伸びる両者。だが決め手に迫力があったのはキタサンの方。インからクビ差、前にいた。

で、ここから先は妄想である。過去の戦歴を調べれば、ラストの決め手比べでキタサンブラックリアルスティールを抑え込むことはなかなか想像しづらい。それがなぜ、この大一番で逆転したのか。それは、キタサンの父・ブラックタイドリアルスティールの父・ディープインパクト「おめえばっかり目立ってんじゃねー!」と意地を見せつけたからである。あ、妄想ですからね。

念のため説明しておくと、ブラックタイドディープインパクトの全兄である。同じ池江泰郎厩舎(解散)に所属し、市川明彦厩務員が担当した。1年先に入厩したブラックタイドは激しい気性ながら卓越した競走センスを武器に、まずは新馬戦を3馬身半差で快勝。若駒SスプリングSを制し、勇躍クラシックへと臨んだ。だが皐月賞は2番人気で⑯着。レース後に左前浅屈腱炎を発症してダービー断念。何とか復帰こそしたが華やかな舞台には戻れなかった。

そこへ入れ替わるようにやって来たのが全弟ディープインパクト。こちらは兄と違って、おとなしい超優等生。「兄の何倍も扱いやすいねー」という言葉を担当厩務員から何度聞いたことか。そして、あれよあれよという間に三冠。日本競馬史上最強馬となり、凱旋門賞へと雄飛した。志半ばで表舞台を去り、懸命にリハビリに励んでいた兄は何を思うか。決まってるだろう。「俺だって、やれたんだよ! 脚さえ持っていればな!」。

競走成績では弟に完敗したブラックタイド。だが、兄の逆襲には第2ラウンドが残されていた。種牡馬としての戦いである。ご存じの通り、こちらも弟がぶっちぎりの優勢。しかし兄もじわじわと力を付けていった。

初年度からテイエムイナズマ(デイリー杯2歳S①着)を出し、現3歳は満を持して大攻勢。秋華賞アスカビレン(⑦着)が見せ場をつくり、菊花賞ではキタサンブラックタガノエスプレッソで2頭出し。そして、ついに弟(の産駒)を真っ向から切り捨てて一矢報いた。現役時から抱いていた賢弟へのコンプレックスを多少なりとも晴らしてみせたのである(妄想ですよ!)

いやー、今でも思い出す。暴れまくるブラックタイドを懸命になだめる市川厩務員の姿を。あの暴君ぶりなら息子に「ディープの子をやっつけてこい。負けたら承知しねえぞ」と脅すのなんか、わけない。キタサンブラックは母の父サクラバクシンオーで最後まで距離的に不安視されていたが、母の父の遺伝的影響をさっぱりと消し去り、100%俺様血統に染め上げるのだって、たやすい気がする。何せ暴君だから。

とまあ、帰りの京阪電車でこれだけ妄想できたのだから楽しい菊花賞だった。暴君の兄の逆襲に乾杯!