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神様から与えられた試練を克服、着差以上に価値の高い勝利
文/石田敏徳、写真/稲葉訓也


伊藤は本当に逃げるのか?

今年のジャパンCの確定枠順を見て、真っ先に抱いた疑問がそれだった。

フルゲートを埋めた18頭のうち、確たる逃げ馬は前走のバイエルン大賞を4馬身差で圧勝してきた伊藤、じゃなかった、イトウ(ドイツ在住)だけ。しかしそのバイエルン大賞(重馬場・芝2400m)の勝ちタイムは2分36秒4。持ちタイムからも日本の軽い馬場への“対応力”には疑問符がつくうえ、引き当てたのは7枠14番という外枠である。

「別に逃げにはこだわらない。5、6番手からでも構わない」というJ・カルヴァロ調教師のコメントには、逃げ馬陣営特有の煙幕の匂いがプンプンしたけれど、現実問題、ここから先手を奪いきるためにはアクセルを相当に踏んづけて出て行く必要がありそうだ。

で、実際にイトウは逃げ(られ?)なかったわけだが、「他の日本馬が押し出されるようにして先手を奪い、前半から中盤にかけてはどんより流れたところを、瞬発力勝負にしたくないゴールドシップが早めにまくる」という私の展開予想は丸外れとまではいわないものの当たらず。

「あまりスローにしたくなかった」という蛯名正義騎手カレンミロティックが積極的に飛ばした(前半1000mの通過は59秒3)結果、今年のジャパンCは序盤から引き締まったペースで進行した。

カレンミロティックを追って外から出てきたアドマイヤデウスイトウが内に寄せてきて、1コーナーでは先行グループがゴチャつく場面も見られたレース。ただし1番人気の支持を集めたラブリーデイは、この影響は受けずに6番手で流れに乗る。その直後につけたのが、秋の天皇賞と同じ7枠15番からスタートを切ったショウナンパンドラだった。

「言い訳になってしまうけれど、前走(秋の天皇賞)は外枠のぶん、いいポジションが取れずに悔しい競馬になってしまった。距離もコースも違いますが、その前走と同じ枠順を引いて、神様に試されているような気がした」という池添謙一騎手は、序盤から積極的に“出していく”構えを見せて絶好の位置を確保。このポジショニングがまずはひとつ目のポイントになった。

ふたつ目のポイントはレースの流れが少し緩んだ3コーナー。スタートは無難に決めたものの、行き脚がつかずに後方を進んでいたゴールドシップ横山典弘騎手が、馬群の外々をまくって出た場面だ。

離れた好位を進んでいた集団もこれに呼応して加速。「4コーナーまではスムーズに運べたんですが、外から早めに来られたので、あそこで動かざるを得なかった」(川田将雅騎手)というラブリーデイもその1頭で、ひと呼吸、早くなってしまった仕掛けのタイミングが勝負の明暗に直結する。

膨れ気味にコーナーを回った内の馬に外へ振られ、まくりきれずに一杯の脚色となってしまったゴールドシップを横目に、満を持して前を呑み込みにかかったラブリーデイだが、ゴールの手前で脚勢が鈍る。

そこへ猛然と襲い掛かってきたのがインを突いたラストインパクトラブリーデイの外へ持ち出したショウナンパンドラサウンズオブアースとの間に開いた広くはないスペースを割るようにして伸びた勇敢な4歳牝馬が、内のラストインパクトを際どく捉え、「クビ+クビ」差で決着した接戦に競り勝ったところがゴールだった。

ちなみにこの日の芝コースは「馬場の外めが湿気ていて、内のほうが伸びる状態」(ワンアンドオンリーに騎乗していた内田博幸騎手)だったそう。それだけにイン強襲のラストインパクトをねじ伏せた勝利の価値は着差以上に高い

目を見張るような末脚を繰り出したオールカマーの勝ちっぷりは、やはり伊達ではなかったというべきか。有馬記念の出否については「オーナーとも何も話していないので、現時点ではまったくの白紙です」(高野友和調教師)とのことだが、出走してくれば当然、重い扱いが必要になるだろう。

一方、距離が微妙に長かった感もあるラブリーデイも、ペースと仕掛けのタイミングひとつで巻き返してくるはず。“湿気ていた”馬場の外めをまくり上げて失速したゴールドシップ(⑩着)だってまだ見限るわけにはいかず、年の瀬の大一番は年度代表馬の行方も含め、俄かに混戦ムードが深まってきた感がある。