1番人気馬が横綱相撲で完勝、これもまた競馬の醍醐味
文/後藤正俊(ターフライター)、写真/川井博
29日に日本ハムの4勝2敗で閉幕したプロ野球日本シリーズは、どのゲームも接戦、逆転の連続で、監督の采配の妙にも大いに見どころがあり、さらに
大谷翔平、
黒田博樹というスターの存在感など、プロ野球の醍醐味を堪能できるシリーズとなった。普段は辛口コメントが溢れているネット上でも、両チームの壮絶な闘いを絶賛する声が多く見られた。プロ野球人気の復活を感じさせる日本シリーズになった。
その翌30日、東京競馬場で行われた
天皇賞・秋もまた、
競馬の醍醐味を堪能できるレースだったのではないだろうか。
フルゲートには満たない15頭立てだったものの、海外G1ウイナーの
モーリス、
エイシンヒカリ、
リアルスティールという国際色豊かな馬たちの比較はとにかく難解。
デムーロ、
ルメールに
ムーア、
シュタルケを加えた国際的な名騎手と
武豊、
戸崎騎手らのハイレベルな腕比べも興味深い。
スタートしてすぐに1コーナーに差し掛かるトリッキーなコースで、
エイシンヒカリの
武豊騎手はどのような逃げを見せるのか、外枠の差し・追い込み馬の位置取りは、前夜の雨で馬場状態はどうなっているのかなど、検討しなければならない課題が山積みされていて、
競馬ファンにとってレース前から高揚感が溢れていた。
多くの
ファンも悩み抜いたのだろう。1番人気
モーリスでも単勝3.6倍、2番人気
エイシンヒカリ4.5倍、3番人気
ルージュバック5.1倍、4番人気
アンビシャス6.0倍と小差で続き、さらに昨年の①②着馬
ラブリーデイ、
ステファノス、
ドバイ・ターフ勝ち馬
リアルスティールが5~7番人気で11~13倍台。10倍以内に4頭、13倍台以内に計7頭が入る混戦G1はなかなかお目にかかれない。予想段階から
競馬の面白さが凝縮されていた。
レース自体も見応えがあった。スタートで1番枠
エイシンヒカリがおっつけながらハナを奪う。前半1000m60秒8は昨年より0秒2遅く、東京2000mで
天皇賞・秋5勝の
武豊騎手に楽に逃げられるのを嫌ったのか、
ルメール騎手の
ラブリーデイが2番手で突っつく。この2頭の動きを十分に観察しながら、虎視眈々と外目の5~6番手を進んでいたのが
ムーア騎手の
モーリス。結果は明暗が分かれたものの、前半から3人の名手のせめぎ合いにしびれる展開となった。
世界のマイル王者である
モーリスが、今夏から中距離路線に転向したことには、
ファンの間で賛否があった。
「マイルG1なら楽勝なのに、何でわざわざ中距離に」という戸惑いだった。
オーナーサイドの真意は判らないが、来春から種牡馬入りを予定している
モーリスにとって、より種牡馬としての魅力を膨らませるためには、マイルのタイトルをこれ以上増やすことよりも、
新たなカテゴリーでのタイトル獲得を目指したとも考えられる。
スクリーンヒーロー×
カーネギーという血統背景は、
ディープインパクト産駒などに比べると種牡馬としての派手さを欠くため、より目立つ競走実績が必要だと考えたのかもしれない。一方で、血統だけを見ればむしろマイル以上に適性があるようにも見える。イレ込みがなく折り合いさえつけば、2000mでも強さを発揮できる相当な自信が、
陣営にはあったのだろう。
ムーア騎手の騎乗も自信に満ちていた。レース前の輪乗りではやや発汗が目立っていたものの、レースではまったく折り合いの心配がなかった。距離ロスなど一切気にしないで包まれない外を回り、直線は大外に持ち出して早めに先頭に立つ
横綱相撲。追い込んだ②着
リアルスティールとの1馬身半差、さらに1馬身1/4差の
ステファノスとは、決定的な差に見えた。
エイシンヒカリは直線で早くに失速して⑫着。地下馬道からイレ込んでいた影響があったのかもしれないが、快勝と惨敗が表裏一体なのは逃げ馬の宿命だとも言える。
アンビシャスは直線で内に突っ込んだが、
大阪杯のような積極さが見られなかった。
ルージュバックは後方のまま良いところなしで、牝馬の体調維持の難しさを改めて感じさせた。
レース後の
ムーア騎手も勝って当然と言わんばかりの落ち着いた表情でインタビューに答え、
モーリスは頭絡を直す時も、肩掛けを付ける時も、微動だにせず威風堂々とふるまっていた。どちらにも
王者の風格がにじみ出ていた。さんざん悩まされた挙句、1番人気馬にもっとも強いレースを見せつけられた訳だが、そんなレースが見られたこともまた、
競馬の醍醐味だった。
モーリスの走りを国内で見られるのは、この
天皇賞・秋が最後だと伝えられている。今後は
香港Cなのか、
香港マイルなのかは現時点では未定だが、今年は香港G1の馬券を購入することができる。
ムーア騎手とのコンビでのG1・4連勝なら、
競馬ファンをさらにしびれさせてくれることだろう。