天才の本領発揮で待望のふたつのG1タイトル獲得
文/吉田竜作(大阪スポーツ)、写真/森鷹史
サラブレッドの脚質というのは一度決まってしまうとそれを変えるのはなかなか難しい。それゆえ、
「ハナを叩く」というのを嫌う
陣営があるのも確か。できるだけ控える形で、レース運びに幅を持たせること――それがこの世界で馬を調教していくことのスタンダードといっていいだろう。ただ、ごく稀に
天才的な資質を持った馬が現れることがある。その1頭にあげていいのが
ミッキーアイルだ。
母スターアイルは
抜群のスピードを産駒に伝えると同時に、その
気難しさも同時に伝えてきた。
「うちのダノンスパークも、矢作さんのところのタイセイスターリーもゲートがよくないですからね」というのは
ミッキーアイルを担当する
平井助手。何とかと天才は紙一重ともいうが、その紙一重の、
天才の方に恵まれたのがこの馬だった。
もちろん、
ミッキーアイルも
「最初はゲートの中で落ち着かないところがあった」という。しかし、
「そういうところを見せてからは、毎日のようにゲートに行くなり、練習するなりしてきました」。特訓の効果はもちろんだが、練習をしても、いくら力で押し付けても覚えない馬はいる。その点、この
ミッキーアイルは
「教えられたことは覚えている」。ごくごく当たり前のことのように思えるかもしれないが、この
利発な頭脳がこの馬を支えてきた。
3歳時は
NHKマイルCを制したが、その後の
安田記念、
マイルCSと惨敗。
「相手が強くなるとハナに行くだけでは厳しくなる。控える競馬を」と
音無調教師は
阪神C前に脚質転換を講じる。Wコースで前に馬を置いて調整するなど、これまで慣れ親しんだ戦法を捨てて控える競馬で活路を切り開こうとした。
阪神Cこそ⑦着に敗れたが、
阪急杯ではダイワマッジョーレからハナ差の②着。
「簡単に脚質転換というが、なかなかすぐに結果は出せないもの。この馬は頭がいい」と指揮官も鼻を膨らませつつ、胸を張ったものだ。しかし、選択肢を増やしたことで
迷いが生じてしまったことも確か。
「行くのがいれば行かせて控えればいい」と
音無師が騎手に伝えたところで、相手があっての競馬。その匙加減というのは非常に難しい。また、同時期にハクサンムーンという強力な同型馬が存在したのも
不幸だった。今年の春の
高松宮記念では
「ハクサンムーンが中途半端なところでずっと絡んできて。その分、最後に差されてしまった」と
音無師もやりきれなさを口にしていた。
潮目が変わったのは、そのライバル・ハクサンムーンが引退したことが大きかったか。
スプリンターズSでは「少しもたついた」ものの、ハナを取り切って頭差の②着。これで陣営も、そして
ミッキーアイル自身にも
迷いがなくなったのだろう。
「ハナに行き切ってすんなりいければ渋太い。距離が延びればその分楽に行けるだろうし、そうなれば渋太さが活きるはず」と、当初予定していた香港遠征ではなく、
マイルCSへと照準を定めた。
うまく行く時というのはすべてが勝ち馬のために運ぶもの。モーリスのいなくなったマイル路線は再び戦国時代へと突入していた。現に
マイルCSの1番人気は
G1未勝利の
サトノアラジン。そして、ハクサンムーンのような
“天敵”もこの路線にはいなかった。
明晰な頭脳で自らをコントロールし、控える競馬を続けてきた
ミッキーアイルには、その経験も血肉となった。若い時のようにがむしゃらになることはなく、鞍上とコンタクトを取りつつ抑えを利かせたラップを刻むことができるようになっていたのだ。
16番枠からスタートを決めると、前半の3ハロンを34秒4と、先行有利なペースに持ち込む。スプリント戦とはいえ、G1の舞台で前半3ハロン32秒台で飛ばしていっても②着に踏ん張れるのだから、これだけのペースに落としてしまえば
“勝ってください”というところだろう。
もうひとつアシストとなったのが、2番手につけた
ネオリアリズムの鞍上が
ムーアだったということか。プレッシャーは受けたが、そこは世界一の名手。自らも“残る”と決めたことで、それ以上のペースで
ミッキーアイルに競り掛けることはなく、さらに後方のライバルたちもこの馬を目標にしてペースを上げに動くことはなかった。
こうして、2頭で直線へと向き、死力を尽くした叩き合いへ。
浜中の豪腕でライバルを振り切り、猛追した
イスラボニータをアタマ差抑えたところがゴールとなった。ゴール直前の外にふらついたシーンはほめられたものではないが、
ミッキーアイルにとっては待ちに待った
ふたつ目のG1タイトル。
浜中の支払った対価に見合う勝利となったのは間違いない。
「これからはマイルとスプリントの“二刀流”で」とレース後に宣言した
音無調教師。それぞれペースの異なるカテゴリーだが、どんな流れにも対応できてしまうのが
天才・
ミッキーアイル。競りかけてくるライバルが現れてこない限り、しばらくはこの馬の天下が続くかもしれない。