驚異的な時計で完勝、「無事是名馬」という言葉の重みを改めて実感
文/山本武志(スポーツ報知)、写真/森鷹史
最近、これほど
「2強」、いわゆる
一騎打ちムードの高まったG1があっただろうか。例えば今年の
桜花賞でソウルスターリングは「1強」と言われていたし、昨春の3歳クラシック戦線では馬こそ違えど、牡馬でも牝馬でも「3強」という言葉がよく使われた。ところが、
「2強」となると、あまり記憶にない。
今回の主役、
キタサンブラックと
サトノダイヤモンドはもともと、バックボーン的に
エリートVS雑草派という対立構図を描きやすい2頭ではある。昨年末の
有馬記念でも対決し、他馬より少し抜けた形の1、2番人気だったが、当時はここまでの
一騎打ちムードはなかった。今回は互いが
大阪杯、
阪神大賞典と完璧な形で前哨戦を制し、ともに
菊花賞馬という肩書を持っている。臨戦過程、実績、そして距離適性という面で厚みが増した結果、今回の
揺るぎない「2強」ムードにつながった。
しかし、両雄は並び立たなかった。直線なかば。
キタサンブラックがいつものように早々と先頭に立ち、渋太く二の脚を繰り出す中、勝負どころで好位へ取りつき、さらに脚を伸ばそうとする
サトノダイヤモンドから本来の勢いが消えた。
キタサンブラックだけでなく、前を行く
シュヴァルグランさえ交わすことができないまま。正直、
完敗と言っていい③着だった。
サトノダイヤモンドにとって、連対圏を外したのは昨年の
皐月賞以来。これまで9戦7勝、②着1回、③着1回とほぼ完璧な成績を誇り、個人的には
キタサンブラックより
死角が少ない存在だと思っていた。しかし、だ。よく考えてみると、
サトノダイヤモンドはメンバー中、キャリアで言えば、
シャケトラの6戦に次ぐ少なさ。デビュー時から大きな挫折もなく、狙ったレースでもほぼ結果を出してきたため、数多く使われていない。
死角が少ないという理由のひとつに、
経験値自体が少ないということがあったのではないか。
昨年まで1番人気が
10連敗中だったが、その中で6頭がメンバーの中ではキャリアの浅い4歳馬。キズナも、ゴールドシップも、オルフェーヴルも馬群に沈んだ。今年は
3分12秒5という
驚異の日本レコード決着。肉体面、精神面でタフさが求められる究極の時計勝負になっただけに、経験値によって培われた
「たくましさ」の差という面に敗因を感じずにはいられなかった。
さて、
キタサンブラックである。先ほど
サトノダイヤモンドの方が
死角は少なそうと書いたが、正直、
キタサンブラックに関して、ずっと引っかかっていたことがある。それは前走・
大阪杯の
反動だった。
有馬記念以来の実戦へ、最近では非常に珍しい坂路の1日3本乗りも行うほどのハードメニューで攻め抜いた。その結果、危なげない完勝で
「正直、今回は攻めたんで、本当にホッとしました」とレース後に
清水久調教師は笑顔を浮かべていた。ただ、問題はその後だ。中3週と間隔が短い中で、中間も攻め馬の負荷を緩めなかった。2走目で
反動が出るのではないか、と
危惧していたのだが…。
今となっては、そんな重箱の隅を突いていたことが恥ずかしい。
ヤマカツライデンの大逃げを前に見ながら、
サトノダイヤモンドや
シュヴァルグランなどの有力馬にマークされる厳しい競馬。それでも、危なげなく押し切った。しかも、
3分12秒5という
驚異的な時計。
完勝という言葉しか思い浮かばない。
キタサンブラックの最大の「武器」は何なのか。私は心身両面で丈夫な点だと思う。先述した
大阪杯の中間に限った話ではなく、
清水久厩舎はCWコースを中心に結構、調教で攻める厩舎だ。そのメニューをこなしながら、体調面での大きなアクシデントをほとんど聞いたことがない。調子の上下動の幅が少ないことも3歳時の
セントライト記念から11戦で7勝、②着2回、③着2回という
驚異的な安定感から推し量れる。
昨年は
武豊騎手の絶妙なペース配分で逃げ、最後はカレンミロティックの猛追を4センチ差で差し返した。あれから1年。今年は相手関係も明らかに強力になった中で
日本レコードを塗り替え、1馬身以上の差をつける
完勝で
レース史上4頭目の連覇を達成した。その走りで5歳にしても進化を続ける
底知れない成長力を証明した形だが、それもしっかりとした土台があってこそ。長い歴史と伝統を誇る最高峰の一戦で、競馬界で昔から伝えられている
「無事是名馬」という言葉の重みを改めて感じさせられた。