夢や大きな可能性を感じさせる、まさにプレミアムな勝利
文/吉田竜作(大阪スポーツ)、写真/森鷹史
この世界に入って
三冠馬の誕生を2度見てきた。
1度目はディープインパクト。
私は当時
松田博厩舎番。ライバルの1頭アドマイヤジャパンを間近で見てきた。これはかなり時間が経ってからのことだ。もちろん、この言葉がこの2頭の力関係を示していたという保証はない。ただ、
「三冠馬っていうのはただ強いだけでは出てこない。周りの状況や運もある」と
松田博調教師は言ったものだ。
「○強」と呼ばれる力関係の場合というのは、それぞれが切磋琢磨すると同時に、それぞれも消耗し合うもの。三冠レースを分け合う結果にことになるのもそれなりの理由がある。対して
三冠馬というのは、該当馬が強いこともあるが、周りの馬との力の差が大きいというのも誕生の条件のひとつになる…
名伯楽はそういうことを言いたかったのかもしれない。
事実、アドマイヤジャパンは打倒ディープインパクトに向けてハードに調教を重ね、常に真正面からぶつかっていった。
ダービー③着馬シックスセンスもそうだったが、両馬とも結果として長く競走生活を続けることができなかった。それは、あまりに強大なライバルを、自ら競走生命をかけてでも挑んだ
代償だったのかもしれない。
2位集団が壮絶な戦いを繰り広げる一方で、ディープインパクトはペースを崩されることなく、常に自らの能力を余裕を持って発揮してきた。同格のライバルがいないということは、それだけ消耗も少ない。
圧倒的な結果を出し続けたのは、そうした消耗が少なかったことも要因のひとつだろう。
なぜ、このような昔話を思いだしたかというと、その面影をディープインパクトを父に持つ
ダノンプレミアムに見たからだ。ただ、父とは少し違う意味で、この馬の場合は余裕がありそうだ。
「頭がいいですね」と
川田が長所を指摘したように、とにかくレースセンスに長けている。
たとえばゲート。スタートが速い馬というのは往々にして「早く狭いところから脱出したい」という
恐怖心から発展する馬も少なくない。ただ、この馬はゲートの中でも自制心を失うことがない。ただ、じっと扉が開くのを待つことができる。だからこその、この日のトップスタートとなったわけだ。
そして、自分を見失わないから、スタートでスピードに乗って行っても折り合いを欠くことがない。外から
ケイティクレバーが一気に上がって行った時も、
川田の指示でスッと控えて追走の形を整えた。
対して、ライバルたちは? まだ騎手と
“人馬一体”というところまでは至らず、若さをたしなめられながらといった具合。優等生然として、ただ自分の走りに集中できる
ダノンプレミアムと一緒に走れば、3馬身半の差がつくのも当然と言えば当然だ。燃えるような闘争心を
武豊と
陣営が苦労して抑え込んだ父に対して、メンタル面は明確にこちらの方が上。今風の言い方をするなら
「人生を一周してきたかのような」、老成した雰囲気すら感じる。
そして、忘れてはいけないのが父譲りの身体能力の高さ。もう見てもらえば一目瞭然だが、一完歩で進んでいく距離とスピードが、他馬とは桁違い。そして、他馬との比較だけでは終わらない。
レコードでの勝利は横の力関係だけでなく、縦の比較でもかなりのレベルであることがわかる。生まれも4月生まれなら、これからの成長も間違いなくあるはず。2歳のこの時期にこんなことを言うと鬼が笑いそうだが、来年の後半以降に上の世代すら食ってしまうのでは…そんなことすら想像したくなる。
もちろん、同世代で見ても間違いなく現時点ではナンバーワンだろう。となると…冒頭で思い出したようなことが現実のものになるかもしれない。年末の最後の開催には新設G1となった
ホープフルSも待ち受ける。しかし、そこに挑戦する馬や、すでに重賞を勝った馬たちを含めても、今の
ダノンプレミアムを脅かすようには思えないのだ。
強いて言うなら、
シクラメン賞を勝ったオブセッションくらいなものか。父と同じように孤高のポジションを確かなものにすれば、来年はオルフェーヴル以来の
牡馬三冠達成があるかもしれない。そして、海外で研鑽を積んできた
中内田調教師がついているのだから、その先は世界へ打って出ることも大いに考えられる。
このメンタルの強さと、過去に例のないくらいのスピードがあればひょっとして…。この日の
ダノンプレミアムの勝利は、そんな夢や大きな可能性を感じさせる、まさにプレミアムなものだったと言っていいだろう。