攻めの騎乗で悲願成就、改めて、競馬の面白さを再認識させられた
文/山本武志(スポーツ報知)、写真/川井博
ホースマンたちの夢の結晶、
日本ダービーで
「悲願」というものにもっとも深く触れたのは14年。子供の頃から憧れ続けた
日本ダービーに毎年のように管理馬を送り出しながら、96年のダンスインザダークなど②着4回と惜敗を続けてきた
橋口調教師のワンアンドオンリーだった。
定年引退があと1年半後に迫る中、
「もうこれが最後のチャンスなんじゃないか」という思いと常に戦い、徐々に緊張感が増していく姿からは、勝利への執念を感じずにはいられなかった。ついにダービートレーナーとなった検量室前。百戦錬磨のトレーナーが放心状態のように立ち尽くしている姿を見て、今まで背負ってきたものの重さを知った。
そして、今年。再び
「悲願」を目撃することになった。
ワグネリアンと挑んだ19度目の祭典で、ついにダービージョッキーの称号をつかんだ
福永騎手だ。初騎乗だった98年のキングヘイローでは、まさかの逃げの手で2番人気ながら⑭着と大敗。13年は自身が日米オークス馬に導いた
シーザリオの子、エピファネイアで一度は抜け出したが、ゴール前で
武豊騎手のキズナに勝利をさらわれた。
おそらく、
福永騎手にとって、
ダービーはいい思い出が少ない、悔しさだけが募るレースだったと思う。しかも、天才と称された父の洋一さんも勝てなかった一戦。
父子2代の思いを背負い、常にこの舞台へ臨んでいた。だからこそ、今まで見たこともないようなレース後のウィニングランでの感極まった姿に、あの時の
橋口調教師がダブって見えた。やはり、すべてが特別。これが
ダービーなのだ。
しかし、重い一勝を引き寄せたのは、何より
福永騎手の手綱さばきが大きかった。条件戦でも2分22秒台が出る高速馬場の中、大きな
不利になると思えた外めの17番枠。今までの
ワグネリアンならば後方で脚をため、直線勝負に賭けたはずだ。しかし、この戦法で
皐月賞では差し届かずの⑦着。正直、脚を余したように映る競馬だった。
この日は違った。序盤から位置を取りにいくと、道中は好位直後を追走。逃げる
エポカドーロを射程圏に入れた直線ではがむしゃらに追った。半馬身差で勝利を確信できたゴール板。レースの上がりが34秒6であることを考えれば、今までの後方からの競馬では厳しかった。実際に
皐月賞で同じように後方から直線だけ伸びてきた
ステルヴィオ、
キタノコマンドール、
グレイルは上位争いに加われなかった。敗戦を糧に
攻めの騎乗へ切り替え、強い執念を乗せた右ステッキで
ワグネリアンをダービー馬へと導いた。
もちろん、16年のマカヒキに続き、ここ3年で2度目の
ダービー制覇を成し遂げた
友道厩舎の手腕も見逃せない。
ワグネリアンは祖母に短距離重賞で活躍した
ブロードアピールを持つ
ディープインパクト産駒。決して長距離向きとは言えない血統構成だったが、
友道調教師は
「掛かるタイプではないから、距離は大丈夫だと思う」と昨夏に中京の芝2000mでデビューを決断した。
そして、当時からもうひとつ、何度も言い続けてきたのが
「エンジンのかかりが遅い馬だから、何とかダービーにいい形で持って行きたい」。
皐月賞で⑦着に敗れたが、愛馬への信頼は揺るがなかった。レースの1週前にはCWコースで7ハロンを90秒台前半でまとめる、デビュー以来もっとも負荷をかけた調教を消化。目標としていた舞台への
「勝負仕上げ」で結果を出した。
福永騎手の
悲願を、厩舎力でしっかりとアシストした。
さて、春のクラシック2冠が終わった。牝馬戦線はアーモンドアイという
絶対女王が登場したが、牡馬戦線はどうか。実績的には
皐月賞を勝ち、
ダービー②着だった
エポカドーロが一歩リードと言えるが、このG1・2戦は先行有利の展開を味方につけたのも事実。ダービー馬となった
ワグネリアンにしても、まだ絶対的な存在とは言えない。
さらに、この日の1、2番人気に推された
ダノンプレミアム、
ブラストワンピースにしても、今回がキャリア5、4戦目と経験の少ない馬。当然、今後の大きな成長が見込めるだろう。まだ、3歳牡馬戦線は混沌の中にある。ひと夏を越した後、どの馬が世代を引っ張る存在になっているのか。来たるべき秋に思いを馳せながら、まだ
「いいモノを見せてもらった」という余韻が冷めない
自分がいる。点ではなく、線でつながっていたからこそ生まれた最高の喜び、そして
勝負の騎乗。改めて、競馬の面白さを再認識させられた。