2歳時からセン馬だったエリモハリアーよ、10歳くらいまで洋芝で走ってくれ
1996年に日本にやってきた
ジェネラスは、当時の
『サラブレ』でも
「話題の新種牡馬!」として、何度か取り上げた。当時はサンデーサイレンス産駒が旋風を巻き起こし始めてた頃で、
「サンデーの次に来る輸入種牡馬はどれだ!?」的な企画が流行っていたのだ。
ジェネラスは、
英ダービー、
愛ダービー、
キングジョージを3歳で勝ち、しかもその3戦の2着との差が
5馬身、
3馬身、
7馬身差。競走成績だけで売り文句が連発できる馬だった。
でもそれ以上に、
尾花栗毛のグッドルッキングな容姿がとても印象的で、まあ今で言えば
ベッカム様のような、美しき英国紳士的な舶来感が他を圧倒していた。
どんな産駒を出すのか!? それは期待されたものだが、生まれた産駒は
父譲りの栗毛のグッドルッキングちゃんが多かったものの、実際のレースでは
鳴かず飛ばず。重賞レースに顔を出す産駒もほとんど出ず、結局、日本では6シーズン種付けをした後、2001年秋、
ニュージーランドへ輸出されてしまった。
エリモハリアーがデビューしたのは、ジェネラスがニュージーランドに旅立ってから1年経った02年秋。この馬も、他の産駒と同じように、最初は鳴かず飛ばずだった。
2歳秋にしてすでに
セン馬として登場した
エリモハリアーは、デビューから6戦走るも勝てず。放牧に出されることになった。
転機が訪れたのは3歳夏。北海道へ遠征した2戦目、
札幌の芝1800m戦で初勝利を挙げた。その後、再び低迷の時期を迎えるものの、4歳夏に再び
北海道で勝利を挙げ、5歳夏(昨夏)には
巴賞・
函館記念と連勝。ついに
ジェネラス産駒として初の重賞制覇までも果たした。
エリモハリアーの名誉のために付け加えておくと、
福島や中京、京都の芝レースでも勝利を挙げているので、洋芝オンリーという馬ではない。ただ、
洋芝の北海道がいちばん輝ける舞台というのは間違いないだろう。
馬群を気にするエリモハリアーにとって、今回の
フルゲート16頭の内枠というのは厳しい条件と言えた。4コーナーでは
頭を振って嫌がる場面をかいま見せたが、そこから
安藤勝己騎手の鞭と手綱でしごかれると、もう一度やる気を見せて差し切った。このあたりは、6歳ながらまだまだ成長していると言えるんじゃないか。
セン馬だけに父の血を後世に伝える役目は果たせないが、
残り20頭となったJRA所属のジェネラス産駒の代表として、来年も再来年も、可能なら10歳くらいまで、北海道の洋芝を中心に活躍してほしいものだ。
最後の直線で
サンデー産駒の
エアシェイディを
ジェネラス産駒の
エリモハリアーが差し切った時、10年前の
『サラブレ』の企画もあながち間違ってなかったんじゃないか……というのは言い過ぎでしょうね(笑)。