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人間の側の事情や憶測は史上最強馬の前では何の抗力ももたなかった
文/平松さとし

凱旋門賞は前半のスローな流れから一転、実は後半は激しい流れの競馬になっていた。

後半5ハロンのラップは56秒台。3コーナーにある高低差10メートルの坂を登って下った後の56秒台。フォルスストレートと最後の500メートル以上に及ぶ長い直線を56秒台。日本より長い芝が脚元に絡みつく中での56秒台。

前半スローといえ先行勢には厳しい流れだったわけで、ブリーダーズCの覇者シロッコがシンガリまで下がったのもむべなるかなの競馬だったわけだ。

そんな競馬を終始先行策から早目に先頭に立ち、あわやというシーンを演出したディープインパクト。明らかに“負けて強し”の内容だった。

しかし、敗戦という事実やその後の騒動が競馬をあまり知らない人たちを中心に暗い影を落とした。

そのイメージを払拭したのが帰国後初戦となったジャパンCの完勝ぶりだったのは間違いない。

その後の競馬が今回の有馬記念だった。立ち込めた暗雲を自ら振り払ったディープにとって、ここで負ければ再び前よりも濃く暗い雲に覆われる可能性もある状況への挑戦。しかもこれが引退のレースということは、負けた場合、今度は自ら暗雲を振り払うことはできない状況。それでいて、勝っても“良かった良かった”で終わる競馬。ある意味、大きなリスクを背負った一戦だったのだ。

しかし、人間の側の細かい事情やくだらん憶測は史上最強馬の前では何の抗力ももたなかった。

例によって後方からの競馬に徹したディープ。逃げたアドマイヤメインが2番手以下を離そうが、ダイワメジャーが掛かり気味に先行しようが、ドリームパスポートが外へ出すタイミングを計ろうが、メイショウサムソンが自分から動いていこうが、詰まりそうになったポップロックがペリエの鼓舞で再び伸びてこようが、出遅れたスイープトウショウや一発にかけたスウィフトカレントが後方にいようが、ディープには関係なかった。

鞍上でディープ14戦目の手綱を握ったユタカ(武豊騎手)は、ディープのリズムだけを考えて乗っていた。

「いつでも飛べる状態だったので、前半は我慢させて、ゴーサインのタイミングを考えて乗りました」

3コーナー。派手なアクションはなくとも、手綱の小さな動きでゴーサインを送ると、すかさずディープが反応した。

コーナーを回りながら離陸態勢に入ったディープ。直線を向くや、最後のフライトを披露した。

レース後、湧き上がる歓声と拍手に、「こちらの方こそありがとうと言いたい」と語ったユタカ。最後は「ディープは最強馬です!」と締めた。

ディープがターフを駆け抜けた2年と少しの日々は、この瞬間をもって幕を閉じた。来年は空位となった王者をめぐり、新たなる戦いが繰り広げられる。ディープがくれた最高のクリスマスプレゼントを語り継げるよう、新たなる戦いにも期待しよう。
(文中敬称略)

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