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キャリア27戦の7歳牝馬と21年目のベテラン騎手が見せた「人間万事塞翁が馬」
文/編集部

現在、ベストセラーとなっている本で、『不動心』(新潮社)がある。ニューヨーク・ヤンキースの松井秀喜選手が、メディアを通じてだけでは伝えきれない自らの思いを綴ったものだが、その中に「人間万事塞翁が馬」という言葉がたびたび登場する。

「福と思われることが災いを呼ぶこともあれば、災いと思われることが福を呼ぶこともある。禍福は予測できないもの」という意味の故事だが、松井選手の実父である昌雄氏が、息子を激励するFAXの中に何度も記してきたのだという。

松井選手は著書の中で、右利きの自分が左バッターになったことも、ゴジラとのあだ名を付けられたことも、甲子園で5打席連続敬遠をされたことも、阪神ファンだったのに巨人に指名されて入団したことも、すべて、その故事の意味するところを自らの糧にして、取り組んできたことを明かしている。

そして、昨年5月に左手首を骨折したことも、「骨折して良かった」と言える日を思い描いて頑張っていく、と記している。

コントロールが利かない過去を悔やむのではなく、コントロールできる未来に全力で取り組む、としているが、今回のマイネサマンサ蛯名騎手のレースぶりを見て、ふとその故事のことを思い出した。

1枠で[3.1.0.2]と好成績を残しているマイネサマンサは、最内枠を引き当てた瞬間、まさに「福」がやってきたと感じたことだろう。しかし、これが、思わぬ「災い」を呼んだ。

ヤマニンメルベイユキープクワイエットマドモアゼルドパリなど、真ん中から外の枠に入った馬たちが、いい位置を取ろうと1コーナーを目指したため、内枠の馬たちが窮屈になった。

最内枠のマイネサマンサは、他馬からの圧力を受けて、ほかの馬と内ラチに挟まれる形に。鞍上の蛯名騎手が立ち上がるほどで、レース後に「落ちる寸前だった」と話している。

せっかくの内枠、そして、好スタートを切ったというのに、内枠がアダとなった。そう感じても不思議ない出来事だった。

だが、蛯名騎手はそこからが冷静だった。位置取りが悪くなってしまったことは仕方ないとして受け入れ、それよりもコースロスを極力防ぐようにして最内を周回していく。

の影響を受けて重馬場だったので、前を行く馬たちが蹴り上げる土で、マイネサマンサ蛯名騎手も泥だらけ。それでも我慢して内ラチ沿いを追走していき、最後の直線で満を持して外に持ち出された。

4コーナーで馬群を割るようにして抜け出たため、審議となったが、1コーナーまでで自らが受けたものに比べれば軽いもの。

そこからは鬼気迫る追いっぷりで、泥だらけのゴーグルを一枚はがし、手綱をしごき、鞭を振るって追い込んできた。

結果的に、3着に入ったヤマニンメルベイユ以外は、上位に入った馬がすべて4コーナーで7番手以下に控えていた組という追い込み決着となり、マイネサマンサに凱歌があがった。

いい位置こそ取れなかったものの、それを我慢して内でジッとしていたことが「福」をもたらした、いや、引き寄せた。

マイネサマンサは、これが通算7勝目だが、そのうち最内枠4勝を挙げている。というか、1番枠では、これで4戦4勝

勝ち方を知っている、と言ってしまえば簡単だが、出走馬16頭中、最年長の存在で、これまで27戦のキャリアを積んできたことが、荒れかかったレースでも慌てなかったことにつながったのではないか。

骨折した箇所というのは、砕けた微量の骨の分だけ短くなるのだという。そのため、松井選手は、骨折する前とまったく同じ状態に戻ることはないだろう、と記している。

でもそれは悲しいことではなく、工夫して努力して、骨折前より凄いバッターになる、と誓っている。

マイネサマンサは、27戦して21度の負けを経験したからこそ、7つ目の勝利を手にすることができたのではないだろうか。

※参考文献:『不動心』(松井秀喜著・新潮社)

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