牝馬でも、大外枠でも、前走7着でも…その価値はプライスレス
文/編集部
ゴスホークケン、
ダンツキッスイが競り合うように飛ばし、通過タイムは
3F32秒8、
4F44秒0、
5F55秒9。
とんでもないハイペースとなった。前後半の4Fは
44秒0-48秒1(1分32秒1)で、前後半で
4秒1も違う。恐ろしいまでの前傾ラップでは、
ゴスホークケン、
ダンツキッスイが
15着、
16着に沈んだのもやむを得ない。
決着時計
1分32秒1は、
ゼンノエルシドが01年にマークした
1分31秒5のレコードに
0秒6差まで迫った。
開幕週の馬場で高速決着になる、というのは戦前から予見され、一応はその範囲内での決着だったと思うが、流れがここまでハイペースになるとは誰も想像していなかっただろう。
後方から追い込んだ
キストゥヘヴン、
ステキシンスケクン、
ジーンハンターが1、3、5着。流れを考えれば、
「そうなるだろう」といった台頭だが、内枠の利があったとはいえ、好位からなだれ込んだ2着
レッツゴーキリシマ、4着
ヤマニンエマイユも立派。2頭の後ろにいた
1番人気の
リザーブカードが
6着に止まったことを加味しても、だ。
それでもやはり、賞賛すべきは勝利を収めた
キストゥヘヴンか。06年4月に
桜花賞を勝って以来、実に
2年5ヵ月ぶりの勝利。今年に入ってから
3、3、4、2、7着と復調気配を見せていたものの、
桜花賞から
京成杯AHの間は
[0.1.2.13]、16戦して連対はわずか1回だったのだから。
先輩の桜花賞馬
ダンスインザムードは、
06年のヴィクトリアマイルで
2年1ヵ月ぶりとなる勝利を挙げ、その間は
[0.4.1.9]だったが、
キストゥヘヴンはそれを上回る復活劇となった。
牝馬は一旦スランプに陥ると、なかなか復調できないケースが少なくない。
桜花賞馬という勲章があれば、早い段階で繁殖入りという選択も可能だったはず。それでも、
キストゥヘヴンは現役を続け、見事に復活を成し遂げた。
馬も然ることながら、
馬を立て直した陣営も素晴らしいと思う。
実は、
キストゥヘヴンの勝利には、
3つのプラスアルファの価値がある。
①牝馬で勝利したこと、
②大外枠で勝利したこと、
③前走7着から勝利したこと。
まず
①は、
京成杯オータムHが
重賞に昇格した84年以降、
牝馬は[4.6.11.67]。重賞に格上げされた当初の85~87年では、牝馬の
エルプス、
アイランドゴッテス、
ダイナアクトレスが立て続けに勝利したが、
過去20年に限ると、
牝馬は[1.3.7.55](唯一の勝ち馬は97年のクロカミ)だった。
セントウルSでは
牝馬の
カノヤザクラが勝利し、
サマースプリントシリーズは
牝馬が3年連続で王者に輝いている。
京成杯オータムHはレース名のごとく、ここから
秋競馬の括りとなるけど、残暑が残る中で行われがちで、実際には
夏競馬の延長線上にあるようなもの。
夏は牝馬、それなのに、
京成杯オータムHでは
牝馬の成績が振るわなかった。だから、それを打破した
キストゥヘヴンの勝利は価値がある。
続いて
②。過去20年、
OPクラスの中山芝1600mで大外16番枠に入った馬は[2.1.0.42]。対象45レースで勝ち馬はわずか2頭だけ。その2頭は
ミッドタウン(
05年ニューイヤーS)、
サイレントプライド(
08年ダービー卿CT)だが、いずれも
4角2番手以内につけていて、先行策を取っていた。
一方、今回の
キストゥヘヴンは
4角8番手から大外を回って差し切り。いくら超がつくハイペースだったとはいえ、
内有利の中山芝1600mで、
開幕週の高速馬場で
大外16番枠に入り、大外から差し切るのはそうそうできる芸当ではない。しかも今回は、
牝馬で
55kg(牡馬に換算すると57kg相当)という実質のトップハンデを背負ってもいたのだから。
最後に
③。今回の
キストゥヘヴンを除くと、
アドマイヤベガ産駒は
芝重賞で、
前走1~3着だと[7.9.9.48]、
前走4着以下だと[0.3.6.59]だった。
キストゥヘヴンは前走が
G1の
安田記念(7着)ではあったが、多くの活躍馬たちが到達できなかった領域に初めて踏み込んだ。だから、
キストゥヘヴンの勝利には価値があるのだ。
柔道家の谷亮子選手は、
「最高で金、最低でも金」、
「谷亮子でも金」、
「ママでも金」など、オリンピックにまつわる数々の名言を残している。出産後に臨んだ北京オリンピックでは
銅メダルに終わったが、出産を経験した愚妻に言わせると、
「すごい」のひと言だという。
テレビに映るヤワラちゃんはいつも笑顔を絶やさないが、その影には想像できないほどの努力があったのだろう。もちろん、
キストゥヘヴンは出産を経験したわけではありませんが(笑)、今回の
キストゥヘヴンを見ていて、自分の中でどこかヤワラちゃんと重なる部分があった。影の努力があったに違いないと。
「牝馬でも金」、「大外枠でも金」、「前走7着でも金」その価値はプライスレス。
キストゥヘヴンが言葉を発することができるなら、そうコメントしてほしいと勝手に思っています(笑)。