ダート路線の強固なピラミッドが、いま崩されようとしている
文/編集部
消長の激しい路線の代表格と言えば、やはり
芝短距離路線だろう。芝のスプリントG1は
高松宮記念と
スプリンターズSのふたつがあるが、03年の
高松宮記念を勝った
ビリーヴを最後に連覇を成し遂げた馬は出ていない。近年の
芝短距離路線は、次々に新しい王者が生まれている。
それの対極に位置しているのが、
ダート路線と言える。6歳で国内無敵を誇る
ヴァーミリアンを筆頭に、8歳の
ブルーコンコルドと
メイショウバトラーも第一線で活躍しているし、
サンライズバッカス、
メイショウトウコン、
ワイルドワンダー、そして今回の
武蔵野Sで復帰を果たした
カネヒキリなど、以前から活躍し、
6歳以上になってもトップ争いを繰り広げている馬が多数存在している。
ピラミッドの頂点がかなり固いのがダート路線と言えるのだが、最近、そのピラミッドに
地殻変動が起こっている。
現3歳世代が急激な勢いで頂点に近づいてきているのだ。
05年生まれの現3歳世代は、同世代同士でレースをしている頃から、
「ダートでのレベルが高そう」と言われていたが、今夏以降、
古馬と対戦することで、その噂が現実であることを証明し始めている。
8月10日の
KBC杯(OP)を
スマートファルコンが逃げ切り、同月15日の
サマーチャンピオン(地方交流Jpn3)では、
ダンツキッスイが
ヴァンクルタテヤマの2着。翌週23日の
しらかばS(OP)では
ナンヨーリバーが逃げ切り勝ちを決めた。
9月に入ると、27日の
ながつきS(1600万)を
キクノサリーレが完勝して3連勝を飾り、10月7日には
白山大賞典(地方交流Jpn3)を
スマートファルコンが逃げ切って重賞初制覇。10月18日の
秋嶺S(1600万)は
ナンヨーヒルトップが7馬身差で圧勝し、2週後に行われた同コースの準OP戦・
錦秋S(1600万)も、
エスポワールシチーが5馬身差で古馬たちをちぎり捨てた。
ダート路線での現3歳世代の波は、
1000万、
1600万、
OP特別、
地方交流重賞と侵食し、
G1(Jpn1)勝利の目前まで迫っている。その勢いが本物であることを示したのが、11月3日の
JBCスプリント&クラシック(地方交流Jpn1)だった。
JBCスプリントでは、不慣れな距離ながら
スマートファルコンが2着と健闘し、
JBCクラシックでは、
サクセスブロッケンが出遅れながら
ヴァーミリアンをあと一歩のところまで追い詰めた。ダート路線の3歳勢の勢い、いや、実力は、古馬のトップレベルと遜色ないことを証明した。
その流れを受けてか、今回の
武蔵野Sでも、
3歳ダート路線のトップ格の1頭である
ユビキタスが断然の人気を集めた。
カネヒキリ、
サンライズバッカスといったG1馬を抑えて、単勝オッズは
1.6倍。休み明けだった前走(ペルセウスS・2着)より、体重がさらに
2kg増えても、勝利を確信していた人たちが多かったようだ。
ところが、
ユビキタスは
伸び切れず3着に敗れた。序盤で多少行きたがっていたので、ペースの違いがこたえたかとも思われたが、圧勝した
ユニコーンSでのペースと比べると、
ユニコーンSの前半の入りが
34秒6-46秒7-58秒9で、今回は
34秒7-46秒8-59秒3。序盤はほとんど変わらない。
ユニコーンSではその流れを
2番手から抜け出して、
1分35秒1で走破している。対して今回は、同じく
2番手からの競馬で
1分36秒2。同じような流れで同じような競馬をしても、走破タイムは
1秒1も違うのだから、やはり
馬は難しいとしか言いようがない。
ユビキタスの脚色が鈍った時、脳裏をかすめたのは
「今回は古馬の貫禄勝ちか」といったものだった。ところが、それは早合点だった。今夏、
500万、
1000万と連勝し、秋に入って
準OPも突破していた
キクノサリーレが真一文字に伸びてきた。
結局、断然人気の
ユビキタスは
3着に敗れながら、勝利を収めたのは同世代の
キクノサリーレという。
これほど、ダート路線での現3歳世代の実力の高さを示す結果はないのではないか。
キクノサリーレは、ちょうど1年前の
東京ダート1600m戦でデビューを果たし、
不良馬場で
2着になっている。しかし、その後はなかなか勝ち切れず、初勝利を収めたのは今年の
5月25日。
7戦目での未勝利脱出だった。
この時点では、
キクノサリーレは
3歳世代の中でも出世が遅れていたと言える。前日の
5月24日には
昇竜S(OP)が行われ、
ユビキタスが
2馬身差の圧勝劇を演じている。
サクセスブロッケンも
5月3日に
端午S(OP)を圧勝していて、その2頭に敗れた上級条件の馬たちも多数存在していた。
すでに現3歳世代の中でもピラミッドが造られ始めていた頃だったが、
キクノサリーレは初勝利を挙げた後はすべて古馬と対戦して力を付け、ピラミッドを一気に駆け上がってきた。
夏の小倉開催でその走りを見ていた時点では、正直なところ、ここまで強いとは思いもしなかった。
サクセスブロッケンや
ユビキタスのように、後続を離して勝つことはなく、先行馬をきっちり捕らえて勝つ競馬で、派手さがなかったからかもしれない。
しかし、4走前に
12kg増(490kg)で
500万下を勝ってからは、
2kg増(
平尾台特別)、
2kg増(
ながつきS)、
増減なし(
武蔵野S)で4連勝。輸送競馬でもまったくへこたれる風ではなく、まさに充実一途となってきた。
勢いだけでは獲れないのがG1で、
実力があっても
ほんの少し運が足りないと取りこぼすのがG1と言われるが、
キクノサリーレの
勢いと
実力は、古馬相手のG1でも他馬と遜色ないレベルまで達しているだろう。果たして
ほんの少しの運があるか。今年の年末までのダートG1戦線は、
3歳vs古馬という図式が加わり、例年以上に見どころが多くなりそうで楽しみだ。
なお、
キクノサリーレの実力にまだ疑問符をお持ちの方に対して、その認識を少しだけ覆すかもしれない情報を最後にお伝えしておきます。
キクノサリーレの血統を紐解くと、ずーっと奥深いところで、
あるダートの名馬とつながっています。
キクノサリーレの母系は、母
ガイアローマン(94年生)から
マツノエブエ(86年生)、
オーナーキンツエム(78年生)、
オージヒカル(68年生)、
メリージャパン(49年生)、
フオーラン(32年生)、
デヤレスト(28年生)、
第五アストニシメント(13年生)とつながります。
一方、
あるダートの名馬の方は、母
エビスファミリー(92年生)から
エビスベローチエ(76年生)、
ヤマユリ(65年生)、
エベレスト(45年生)、
フオーラン(32年生)、
デヤレスト(28年生)、
第五アストニシメント(13年生)。
キクノサリーレは
6代母が
フオーランで、
あるダートの名馬は
5代母が
フオーランということです。そのダートの名馬とは……
ブルーコンコルドです。
ダートG1・7勝の
ブルーコンコルドと同じ血が
キクノサリーレにも流れている。そう考えれば、この4連勝も単なる勢いとは片づけられなくなってくるのではないでしょうか。