前走の「圧勝」がダテではなかったことを証明した
文/石田敏徳

スローペースのレースを、差して圧勝した馬の次走は黙って買い──。これは私が愛用している馬券戦法のひとつである。ご存知の方はご存知の通り、スローに流れたレースではなかなか大きな着差は開きにくい。まるで
「全員集合!」の号令がかかったように、馬群が一団となってゴールになだれこんでくるケースが多いからだ。
そんなレースで1頭、ズドンと突き抜けて、後続に数馬身のリードを開く“圧勝”を飾った馬は、一枚も二枚も上の地力をアピールしたと考えるべき。そうした馬はけっこう高い確率で、次走でも馬券に絡んでくるものである。
たとえば先の
菊花賞では、
スリーロールスこそがまさにその該当馬だった。
菊花賞へのステップとした
野分特別は、前半4ハロンのレースラップ(47秒4)より後半4ハロン(45秒4)が2秒速いというスローな展開。
そんなレースで1頭、際立つ末脚を発揮して、後続に4馬身ものリードを開いた充実ぶりはやはりダテではなかった。相手の選択を間違えた(
フォゲッタブル相手の馬券はちょっぴりしか押さえていなかった)ため大して儲からなかったものの、自分の
“方法論”の正しさは再確認した次第である。
と、そんな伏線を挟んで迎えた
秋の天皇賞。
「これって“該当馬”だと考えていいんじゃねえの?」という馬が出走していることに気がついたのは、レース当日の朝に予習をしている時だった。何を隠そう、
カンパニーがその馬である。
私は予習こそかなり真面目にやる(競馬場にはいつも、様々なメモを書き込んだ真っ赤な新聞を持っていく)ものの、復習はおざなりというタイプの馬券プレイヤーだ。なので
天皇賞の当日になるまで、
毎日王冠の内容を正確に把握できていなかった。見た目の印象だけでなんとなく、
「速くはないけど遅すぎるわけでもない」ペースを刻んだウオッカが、カンパニーの強襲に屈したレースだと思い込んでいたのである。
ところがこの
毎日王冠、改めてラップをチェックしてみたら、前半4ハロン(48秒0)より後半4ハロン(45秒3)が2秒7も速い。つまりは
「ど」のつくスローペースだったんですね。そんなレースで
ウオッカに1馬身の着差をつけた
カンパニーの勝利の価値が、私の目には俄然、輝いて映ったのだった。
なぬ?
1馬身は「圧勝」とは言えないんじゃないかって? 確かに普通の場合ならご指摘の通りである。しかし相手はあの
ウオッカだ。ちなみに
昨年の毎日王冠、
カンパニーと同様の強襲を決めた
スーパーホーネットが
ウオッカにつけた着差は
「アタマ」に過ぎなかった。
アタマと1馬身なんて大して変わらんでしょうという向きもおありだろうが、私の感覚だとこれはかなり異なる。
あのウオッカを相手に1馬身差をつけて抜け切ったことは、高く評価すべきだと考えた。考えたんだけどなあ。
ならば素直に単勝を買えばいいものを、
ウオッカ相手の馬単にドカンとぶちこんで沈没。2着の
スクリーンヒーローはまったく軽視していたため、
菊花賞とは違って押さえの馬連も引っかからなかった。
「ぐっぞ~、ゆだが~、なんどがならながったのがあ」と鼻水涙声で地団太を踏んでも、後の祭りなのだった。
そんな馬券話はさておき、8歳の秋にして悲願のG1タイトルをゲットした
カンパニーには敬服するばかりだ。
「この馬とはもう6年の付き合い。“いつかはとれる”と思い続けてきたG1を勝つことができて、こんなに嬉しいことはありません」と
音無調教師が感激の表情を浮かべれば、
「今まで乗った中で今日の状態がいちばん良かった。ここまで仕上げてくれたスタッフのおかげだけど、この齢になってもまだ進化しているんだから、本当に素晴らしい馬ですね」と
横山典弘騎手も最敬礼の構えである。
一方、珍しく立ち遅れ気味のスタートを切り、直線では前が壁になるシーンも見受けられた
ウオッカだが、
角居調教師は
「この馬も弾けてはいるんだけど、もっと弾けた馬がいたということ。完敗と認めるしかありません」とコメント。確かにスムーズに前が開いていたとしても、
カンパニーを凌駕するまではどうだったろうか。
1分57秒2の勝ちタイムは昨年に並ぶタイレコード。馬場差もあるとはいえ、高速決着にはなりにくいスローな流れからこれだけの時計を叩き出したのだから値打ちは高い。
毎日王冠でつけた
「1馬身」の着差が、ダテではなかったことを証明した
カンパニー。
昨年の女王を二度にわたってくだしたことで、
中距離界の王位は今やこの馬にとってかわったと思う。それにしても
ウオッカもまさか、3歳も年上の馬に頂点の座を明け渡すことになるとは、夢にも思わなかっただろう。