今週は「落鉄」について解説してもらいました
2010.6.17
先週、お話をしたように、我が尾関厩舎の馬たちが函館に6頭移動しました。
それに合わせて調教助手もひとり同行していて、わずか数日しか過ぎていませんが、もうテンヤワンヤ。忙しくて、忙しくて、そのうちに大きな失敗をしてしまうのではないかと不安を感じるくらいです。いやぁ、本当に注意しなければ。
調教助手の仕事の中にも、絶対にやってはいけない失敗というのがあります。馬の調整もそうですが、事務手続きの中にもあり、書類を提出しなかったために、取り返しのつかない事態に発展してしまうことも考えられます。
しかも、北海道シリーズが始まると、入れ替えのための輸送をはじめ、事務手続きが増えるんですよね。
特別馬房と言って、夏競馬の場合、基本的には各厩舎に決まった数の馬房が貸し付けられ、それを使いながら競馬をすることになっているのですが、上のクラスの馬たちに対しては、毎週貸付馬房以外に借りることができるシステムがあるのです。それも忘れてしまうと大変なことになりますからね。気をつけてはいるものの、毎年一度は失敗をしてしまっているので、今年はゼロを目指して頑張ります。
では、今週も佐藤雅人装蹄師との対談をお送りします。どうぞ。
[西塚信人調教助手(以下、西)]一般のファンの方で、蹄鉄に関してよく耳にするのは、落鉄でしょう。落鉄について説明してもらえるかな。
[佐藤雅人装蹄師(以下、佐)]まず、そのよくある原因についてお話をしますと、左右どちらかで逆に蹄を踏んでしまったり、あるいは後肢で前肢を踏んでしまう、いわゆる追突などによるものがあります。あとは、地下馬道などで壁を蹴っ飛ばして、後肢の蹄鉄が外れてしまったりということですかね。もちろん馬それぞれによって異なるんですが。
[西]パドックで騎手を乗せる前が、我々がチェックできる最後のタイミングなのです。そこで必ず見ているのですが、それでも落鉄してしまうということは、ほとんどが踏んでしまったり、追突させてしまったりということなのだろうね。
[佐]馬場で落鉄というのは、ほとんどがそうでしょう。
[西]落鉄は、よく競馬の敗因に挙げられるよね。自分自身、競馬に乗ったことはないものの、やはり落鉄している馬は滑るという感覚を覚えるよ。
[佐]やはり、そうですか。少なからず影響はありますよね。
[西]トモ裸足の馬とかで、ウッドチップを乗ってもそういう感覚になるし、いちばん嫌なのは少し雨が降った時に、地下馬道のラヴァーを歩く時。ズルッズルッズルッと滑るから。
[佐]ウッドチップもそういう感覚がありそうですね。
[西]チップもそうだし、そうなると坂路もそうなんだけど、鉄を履いているのと、履いていないのでは、進み具合に明らかな変化があります。
[佐]普段は芝コースをあまり乗らないのですか。
[西]あまり乗らないし、裸足の馬を芝コースで乗ること自体が少ないからね。鉄を履いていない馬というのは、ケガをしたりしやすくなるから。
[佐]そうですね。冬場のウッドチップなどは硬くなりますし、あとはそれこそ滑ってケガをするということもありませんか。
[西]あるね。裸足でウッドチップに入って、コーナーでトモを滑らせてしまい、ケガをしてしまったりということもあるから。それだけ鉄でグリップしているということだよね。
[佐]そうでしょうね。
[西]ファンの方からすれば、落鉄が敗因として伝えられると、「落鉄しないような装蹄をしろ」と思うんだろうけど、でも逆に外れないと外れないで大ケガに繋がってしまうよね。
[佐]以前、ある馬が踏みかけた時に鉄が外れず、トモが入ってしまった状態となってしまい、背中を痛めたことがありました。
[西]そこで外れていれば、まったく問題なかったと思うんだ。そういうケースもあるんだね。
[佐]レアなケースではあるのでしょう。ただ、追突はケガをしやすいですよね。特に、競馬では蹄冠部をひどく傷つけたりしてしまうことが多いです。
[西]蹄冠部をバックリ切ってきたりということはあるよね。あと、後ろの馬が前の馬に乗り掛けてしまって、という状況の中でもあり得るじゃない。
[佐]ありますね。この前も、担当させていただいている馬がレース中に落としてきてしまったのですが、肢蹄に大きな被害がなかったのは不幸中の幸いでした。おそらくはゲートか、直線でヨロヨロしたというので、その時に踏んでしまったのでしょう。
[西]バランスを崩した時も怖い。
[佐]その馬は、若い頃は蹴飛ばしての落鉄はありましたが、レース中の落鉄は、今回が初めてだったのです。
[西]蹴飛ばしてというのは、当たり前というか、日常茶飯事的と言えるけど、あの力で蹴飛ばすのだから、相当な力だし、それは簡単に鉄も飛んじゃうよね。そうだ、(装蹄用の)釘を見せてよ。
[佐]これですね。
[西]普通はこれを5、6本打つわけだ。
[佐]基本的には5、6本ですね。小さい蹄なら4本ということもありますので、4~6本ということでしょうか。
[西]4本というのは少ないよね?
[佐]競馬に行く時には5、6本打たないと不安ではありますね。
[西]ディープインパクトなどが使用したことで一時期流行した、釘を打たない接着装蹄という手法もあるよね?
[佐]蹄がひどく傷んでいたり、あとは蹄そのものに何か問題を抱えている馬に対して、釘を打つ代わりに接着剤を使用して装蹄するのですが、いろいろな意見があるようです。
[西]聞くところによると、接着装蹄で落鉄すると、大変らしいね。この前も発走時刻が相当に遅れたレースがあったけど、それが原因だったみたいだよ。
[佐]中には、普通に釘を打つことで気にしてしまい、歩様が変わってしまう馬がいます。その理由については、蹄壁の状態などにもよるのですが、釘が打てないのです。そういう馬には有効な手段でしょう。
[西]接着装蹄ばかり施されている馬は、釘を打つことを知らないので、驚いて打つことができないということもあるんじゃないの?
[佐]そういうケースもあると思いますよ。初めて釘をうつ馬は大変ですからね。
[西]良い面もあるけど、でもリスクというか、気を付けなければならない部分もあるよね。
[佐]あります。接着装蹄で落鉄してしまったときに、蹄鉄だけではなく、蹄壁ごとはがれてしまったという報告もあります。
[西]蹄の周りの外側の数ミリが取れてしまうということだよね。
[佐]そうです。そうなると、釘は打ちづらくなり、一層難しくなってしまう可能性が出てきます。
[西]デメリットもあるということだね。
[佐]おそらく、多くの場合、よほどのことではない限り、釘で打つ装蹄をしていると思います。
[西]接着剤を使用することで、蹄自体への影響も考えられるよね?
[佐]釘を打たないことで、蹄自体が良くなるということも言われています。ただ、その一方で、(蹄が)収縮運動をしているという話をしたように、その蹄機作用を妨げる可能性があるとも言われています。
[西]極端な言い方をすると、釘と比べて、遊びというか融通性がないんだね。
[佐]もし、接着装蹄を用いるのなら、どうしても釘を打てない馬ということなのだと思います。ちなみに、完全な接着装蹄は過去に一度だけさせてもらったことがありましたが、その時は2~3週間くらいで落ちてしまいました。すごく難しかったです。
[西]あ、そうなんだ。
[佐]それ以外にも、完全に接着させるのではなく、釘を打ちたいところにだけ接着剤を盛ってあげて、その接着剤に釘を打ってあげることでも効果を期待できます。
[西]釘を打つ部分が傷んでいる時には、それもありだよね。
[佐]そう思います。ただ、接着装蹄を基本装蹄にするのは難しいと思います。
今週はここまでとさせていただきます。
蹄に関連して読者の方からメールをいただいたので、お答えしたいと思います。
「コンクリートの上を馬が歩いている写真を見かけるのですが、脚に悪くないのですか?」という内容です。これは、賛否両論分かれるところなのです。
衝撃ということでは、砂や土、あるいはウッドチップよりはもちろん強いです。ただ、外国ではコンクリートの上を歩かせるだけでなく、ダグを踏むこともあるようで、そういう刺激を骨や蹄に与えることで丈夫になるという考え方をする人も少なくありません。
コンクリートの上を歩くことで、ハッキリと言えることがひとつあります。それは転倒の可能性が高いということ。実際、乗っていても、もの凄く滑りますからね。
放馬してコンクリートを走ってしまい骨折したというケースは聞きませんが、転倒してケガをするケースはあるようです。
このような面もあって、賛否が分かれるところなんですよね。ご理解いただけたでしょうか。
ということで、最後はいつも通り、『あなたのワンクリックがこのコーナーの存続を決めるのです。どうかよろしくお願いいたします』。