トロットスターほど瞬発力がある短距離馬を見たことがない
2014.7.3
中野栄治調教師…以下
[中]西塚信人調教助手…以下
[西][西]それにしても緻密な計算だったんですね。
[中]豊君もノリも上手い。あの時点で、豊君は一度も
ダービーを勝っていませんでしたが、
「1度勝ったらずっと勝つだろう」と言ったんですよ。
ダービーはみんな勝ちたい。その思いが焦りを生めば、僅かな誤差が生まれる可能性がより高くなるんです。だからこそ、冷静に、そして強気に乗ろうと思いました。いまは良い馬に乗れますから、トップジョッキーたちは何度でも勝てる可能性が高いですよ。
[西]朝日杯の
サクラサエズリのように嫌だと思う馬はいなかったんですか?
[中]強いて挙げれば
メジロライアンですかね。勝たなければいけないという信念があって、あくまで自分との戦いだと思っていたので、
「あの馬がどう動くか」とかそういう感じではありませんでしたが、あの脚を使わせたくはないと思っていました。そのためには、引き離して逃げれば良い。道中引き離すことで、道中で相手に脚を使わせるような競馬ができれば、勝てると思っていました。でも、何が何でも逃げようとは思っていたわけではありません。
皐月賞のこともありましたので、道中は最後方でも良いとさえ思っていたんです。
皐月賞は隣の
ホワイトストーンに寄られてしまったことで馬が驚いて、それまでのようにスッとゲートを出るのに出ませんでした。そうして
ダービーでは、インコースに先にいく傾向が強い先輩(増沢騎手、菅原騎手)たちもいましたので、2コーナーまではどんな位置でも良いと思っていたんです。ペースが遅いときにはそこから
アイネスのリズムで行こうと思っていました。
[西]それがハナを切る形になりました。
[中]「えっ、こんなので良いの」と内心思いながら1コーナーを回っていました。1ハロン12秒前半平均でいくことで、
アイネスフウジンの持ち味が最大限に引き出せると思って乗っていたんです。その通りラップを刻んで行けたんですが、逆の立場として思えば、そんな速いペースならば控えますよ、2コーナーで。歓声が聞こえたときに、後続を離したと確認できたので、向正面の坂を登ったあたりでそこで息を入れてあげようと思ったら、
ハクタイセイが来ていたのがわかったんです。あれが良かった。
[西]確かに来ていました。
[中]あそこで来ていなければペースを落としていたはずで、そうなると
ライアンに負けていたはずです。
[西]でも、そんなに離れていたという感じではなかったと記憶しています。
[中]そこが心理ですよ。離しているから少し息を、という意識になるんです。でも、豊君が来たので、馬がハミを取ってグっと加速していって、また離す形になりました。あそこで馬が
ハクタイセイの気配にハミを取ってくれたことに助けられたんですよ。本当に不思議ですし、競馬に乗ったことがある人間にしかわからない感覚ですよ。
[西]まさに勝負のポイントだったわけですね。タイムもレコードタイムでした。
[中]前週の
オークスも良いタイムが出ていたので、レコードは出ると思っていましたが、あそこで後続をもう1度引き離すことができたのは大きかったですし、馬のお陰ですよね。
[西]そういうポイントがあったんですね。
[中]ただ、やはり最後は気持ちの部分だと思います。どんなことでも、どんなスポーツでも、まずは心で勝って、次に技で勝つんだと思っています。何もよりも気持ちで勝たなければいけないんです。技術なんて、と言ったら怒られますが、技術なんていうのは気持ちのあとですよ。僕自身の経験のなかで得たことです。毎日の努力と持続があってのことですが。
[西]深いですね。ところで、先生は調教師としても
トロットスターでG1レースを勝たれています。最初から走ると思っていらっしゃいましたか?
[中]はい。どんなレースにも格というのがあって、あの馬は未勝利戦で2着を続けていたんですが、勝った馬たちが上のクラスでどんなレースをするか、見て比較したんです。すると、すぐに500万を勝つ。ということは、その時点では能力のある馬に負けていたということなわけです。もし
トロットに勝った馬が500万でどこにもなければそれまでの馬ですが、500万円を勝っていきましたので、能力があると確信していました。
[西]なるほど。
[中]未勝利を勝って、勝算ありと関西に行ったら負けてしまって、その後勝って、中京の重賞に向かったんですが、そこでハナ差、負けてしまったんですよ。でも、そこでオープンでもやれるという手応えをハッキリと感じましたよね。
[西]お母さんの
カルメンシータという馬は藤沢(和)先生のところにいたんですよね。
[中]そうです。お母さん自身良いスピードがあったんですが、何せ気性が難しかったんです。実際、
トロット自身は子供時代、お母さんにいじめられて育ったんですよ。
[西]あ、そうだったんですね。そういう部分が距離適性にも出ているんですかね。
[中]トロットスター自身は大人しかったですよ。でも性格だったりするんですかね。当時、個人的にはマイルでも保つと思っていましたし、いまでもそう思っています。あの馬自身、1回1回が勝負という感じで、好調の期間が短かったために、春も秋も
安田記念や
マイルCSでは下降線となってしまっていたのでしょう。
[西]でも、あの後ろから伸びてくるレースは印象深かったですよね。
[中]人間でもそうですが、短距離に向いているタイプはどちらかと言うとたくましい筋肉質のタイプが良いとされています。ただ、相撲取りでも同じように、瞬発力を求められる勝負は柔らかい筋肉が求められるんですが、
トロットスターも筋肉が本当に柔らかかったんです。あの馬くらい瞬発力がある短距離馬はみたことがありません。一般的に短距離馬たちの多くは、スピードで押し切るという傾向が強かったりするんですが、弾けるということがピッタリでした。とにかく切れ味抜群で、短い距離でも間を縫って伸びてくるのができたのは器用さからなのですが、それはあの筋肉の柔らかさが可能にしたのでしょう。
[西]あの
スプリンターズSで、内から伸びてきたのは凄かったですよね。
[中]あれほど切れる短距離馬はなかなかお目にかかれませんよ。
[西]本当はもっとお話をお聞きしたいのですが、そろそろお時間が迫って参りました。ぜひ、もう1度改めて登場していただきまして、騎手論を聞かせていただければと思います。
[中]僕で良ければいつでもどうぞ。あ、穴の空いた勝負服を見に来るならば、どうぞ来てください。
[西]本当に伺わせていただきます。今日はありがとうございました。
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